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ハト豆ねっと


オモシロ たんけん倶楽部



平成の『鳩ケ谷』
 振り返る30年の思い出



さよなら平成!
あとわずかで平成も終わり、5月からは新しい元号を迎えます。
平成の30年間は鳩ケ谷にとっては、大きな節目の時代でもありました。
地下鉄の開通、川口市への合併とビッグニュースがいっぱい!
そこで情報紙やハト豆ねっとで鳩ケ谷の様々な出来事を取材してきた
おしゃべり記者が、平成の『鳩ケ谷』を振り返ってみました。





平成1年(1989年) おしゃべりじゃ〜なるの発行

「昭和天皇が崩御されたのが昭和64年1月7日。翌日の1月8日が平成の幕開けとなったのよね」
「そうそう、小渕恵三さんが『平成』と書いた額縁を掲げているシーンを今も鮮明に覚えてるわ」
当時はバブル真っ只中。ベルリンの壁の崩壊や税率3%の消費税もスタートしました。
女性の目で見た地域情報紙『おしゃべりじゃ〜なる』の第3号が発行されました。
発刊は前年でしたが、ようやく市民に認知された年でもありました。
2人の主婦が発行した『おしゃべりじゃ〜なる』はタブロイド版4面で発行部数3000部。無料配布の情報紙です。
年6回の隔月発行で、この年から新聞販売店のご協力により新聞折り込みとなりました。
「おしゃべりじゃ〜なるの本格的なデビューの年といっても過言じゃないわね」
「この年は消費税が導入されて、第3号では周辺のスーパーマーケット5店舗を探訪して商品の値段調べもしたわ」
「怖いもの知らずだったね。私たち主婦はいいものが安くて便利になってほしい」
おしゃべりじゃ〜なるはその後20,000部発行となりましたが、平成17年に100号で終刊。





平成2年(1990年) 御成坂公園が完成

本町の日光御成道街道にからくり時計と大名行列のモザイク壁画のある『御成坂公園』が完成しました。
鳩ケ谷の新しい名所の誕生でした。
「鳩ケ谷にはこれっといった特徴のある建物もなかったから、これは話題になったね」
「翌年に、手づくり郷土賞を受賞したのよ」
「ちいさなポケットパークだけど、日光御成道・鳩ケ谷宿のシンボルとして、今も市民に愛されてる。定刻になると可愛いお人形が時を知らせてくれるの」





平成4年(1992年) 第1回市民ふるさと祭りが開催

地下鉄の第三セクター『埼玉高速鉄道株式会社』が設立されました。
「いよいよ地下鉄開通に向けた準備が始まった」
「陸の孤島といわれた鳩ケ谷にとっては念願の地下鉄だったもの。市民の期待も大きかった」
「資源ごみの分別施設が完成したのもこの年よ。資源リサイクルとして、びん・かんの分別収集が始まった」
「リサイクルの意識が高まったのは平成になってから。利益は自治体に還元されることになったの」
「この年、盛り上がったのは三ツ和公園での第1回市民ふるさと祭り」
「これはふるさと創生事業の一つでもあったのよ」
「確か、ピンクレディのミーのライブをやったんだよね。おみこしや阿波踊りもあって、盛大に行われた二日間だったわ」
「私たちも模擬店をやったね。楽しかった!」





平成7年(1995年) 新鳩ケ谷市庁舎が完成

1月17日には阪神淡路大震災が発生し、3月には地下鉄サリン事件も起きました。
「待望の新鳩ケ谷市庁舎がオープンしたのは4月。7階建ての素晴らしい庁舎で最上階からは富士山も見えたのよね」
「それまでの市庁舎が狭かったから、当時はすごく豪華な庁舎に思えた」
現在は鳩ケ谷支所として利用されています。





平成9年(1997年) 大間々町とふるさと友好都市に

群馬県大間々町と友好都市提携を結んだのがこの年でした。
鳩ケ谷市と大間々町は122号線で繋がっていて、大間々はわたらせ渓谷鉄道のある風光明媚な町。
2年前から友好都市の候補地として交流が始まり、ふるさと祭りで大間々町の野菜や特産品の販売がされたりしていました。
市民交流も盛んで、鳩ケ谷からは農業体験や市民ハイキングなど自然豊かな大間々にたくさんの市民が訪れました。
「私たちも市民農園を借りて、大根や白菜の収穫に行ったよね」
「最も、野菜は大間々のおじさんが育ててくれたんだけどね」





平成10年(1998年) 鳩ケ谷名物の誕生

鳩ケ谷名物が欲しい〜という市民の声からうまれたのが、鳩ケ谷名物の『鳩の舞』やハト型せんべい、うなぎ茶漬けなど5品目。
「商工会で市民にアイデアを募集して商品化したのよね。残念ながら、今残っているのは鳩の舞最中だけなんじゃないかな」
「今、高校野球のシーズンだけど、春日部共栄高校出身で鳩ケ谷出身の土肥義弘選手が西武ライオンズに入団したのもこの年だった」





平成13年(2001年) 埼玉高速鉄道の開通


3月28日に埼玉高速鉄道が開通しました。
浦和美園駅から赤羽岩渕駅までを19分で走り、南北線、東急目黒線に直接乗り入れし、『南鳩ケ谷』と『鳩ケ谷』の2駅が誕生しました。
「鳩ケ谷から都内に行くのにすごい便利になった」
「王子まで15分、後楽園まで20分位なんだもんね。私たちの生活スタイルも大きく変わったんじゃないかな」
地下鉄の開通に合わせ、鳩ケ谷駅との複合施設『鳩ケ谷市民センター』もオープン!
循環バス『ミニは〜と』運行が開始されました。
この年、市民センターの多目的ホールで第1回の『鳩ケ谷寄席』も開催されました。
「この鳩ケ谷寄席は市民ボランティアで開催されているんだけど、実はあんまり利用されていなかった市民ホールを利用して、鳩ケ谷の活性化しようというのが始まりだったのよ」
「鳩ケ谷は市民ボランティアが活発で行動的だったからね」
「行政に頼ってもできないから、自分たちでやっちゃおう!って感じだよね」
「もう17年目、70回を迎えるからすごいよね」
埼玉スタジアム2002が完成したのもこの年です。





平成14年(2002年) 市神社の修復

3・8市の守り神として知られる、本町の『市神社』の修復工事が終わって蘇った市神社。
修復工事には、市民の募金活動によって文化財が保護されたという経緯がありました。
この市神社、8代将軍吉宗の時代に創建されたといわれる市指定文化財ですが、毎月地元の商店会の女将さんたちが掃除を続けていました。
しかし傷みがひどく市神社保存会の人たちが、貴重な文化財を後世に残そうと修復の募金活動を始めたのです。
その結果、約350人から400万円もの募金が寄せられたのです。
市からの補助金100万円とR文化財保護団体からの助成金100万円もあって蘇った市神社、素晴らしいですね。
「鳩ケ谷の人たちはエライ!」
日光御成道の宿場町として栄えた鳩ケ谷の町を見守り続けてきた小さな祠。
天保15年の『日光御成道分間延絵図』にも描かれています。
この年は朝日環境センターがオープン。
鳩ケ谷の生ごみも焼却されることになりました。





平成15年(2003年) スキップシティがオープン

鳩ケ谷市内というわけではありませんが、すぐ近くにスキップシティがオープンしました。
「鳩ケ谷駅がスキップシティに一番近い駅なのよね」
「芝川歩道橋も完成したので、散歩コースには最適!」





平成16年(2004年) 3市合併協議が破綻

川口市、蕨市、鳩ケ谷市の3市合併が破綻したのがこの年でした。
「武南市はイヤ!といって新市名称をめぐって川口市が協議会から離脱をしたのよね。当時、川口ショックといわれた」
「これはショックだったね。このあと鳩ケ谷は川口との合併を実現に向けて動き出した」





平成17年(2005年) ハト豆ねっと創刊

地域情報マガジン『ハト豆ねっと』が創刊。
鳩ケ谷周辺の地域情報をインターネットで発信していくという、市民が作る市民のためのホームページ。
「メンバーは鳩ケ谷市のホームページをリニューアルするための市民参加のボランティアサポートチームのメンバーだったんだよね」
「そうそう、市のホームページには掲載できない情報を自分たちで作ろうと始めたのよ」
「ハト豆ねっとの名前は、鳩の栄養、つまり鳩ケ谷の栄養になるサイトという意味なんだよ」
創刊号はさくら大特集。桜マップで鳩ケ谷の桜を紹介、武南桜の思い出も紹介しています。
ハト豆ねっとも今年14年目を迎えます。
建て替え工事が進められていた鳩ケ谷東団地の「コンフォール東鳩ケ谷」が完成。
「世界的彫刻家の流政之さんの作品も設置されて、素晴らしい団地に生まれ変わった」
「旧東団地が出来たのは46年前の1958年。当時はあこがれの団地だったのよ」





平成18年(2006年) 鳩ケ谷まつり開催

8月には市民手作りの『第1回鳩ケ谷まつり』が鳩ケ谷駅前広場で開催されました。
「いろんなサークルのパフォーマンスがあって、模擬店もいっぱいで楽しかったね」
「特に見沼代用水に架けられたイルミネーションが素敵だった」
「水面にホタルが飛んでるみたいに幻想的で素晴らしかったわ」
「夕方のイルミネーションに夜のイルミネーション、あの風物詩は続けて欲しかったな」





平成19年(2007年) 鳩ケ谷駅夜祭開催

鳩ケ谷駅まちづくりサポーターによる『鳩ケ谷駅夜祭』が開催され、鳩ケ谷駅はイベントが目白押し。
鳩ケ谷の町を盛り上げようと市民ボランティアが大活躍!
「鳩ケ谷は市民ボランティアが自主的に行動して、街づくりしているところが素晴らしい!」





平成20年(2008年) ソース焼うどんが名物に

商工会青年部が地元企業のブルドックソースと一緒に作ったのが『鳩ケ谷焼うどんソース』。
この焼うどんソースを使って作られたのが、鳩ケ谷名物・鳩ケ谷B級グルメのソース焼うどんです。
「オイスターソースをベースにしたソースで鳩ケ谷の人気グルメになったね」
「西川口で行われた『第3回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦in西川口』ではこの焼うどんソースを使った『もんじゃ焼うどん』で参戦、4位になったんだよ」
「鳩ケ谷市内の飲食店でもメニューにソース焼うどんが取り入れられて、目玉焼きが乗ってたり、各店でアイデアいっぱいのソース焼うどんが食べられるようになった」
「ちなみにこのソースを使った、ソース焼きせんべいも鳩ケ谷の名物になったよ」
ハト豆ねっとでもソース焼うどんのお店を紹介する連載がはじまりました。





平成22年(2010年) 鳩ケ谷宿案内板が設置

日光御成道の宿場町として栄えた鳩ケ谷宿。
その街並みは今もどこか懐かしい宿場町の面影を色濃く残しています。
4月には、その鳩ケ谷宿の案内板が23箇所に設置されました。
スタート地点となる第2産業道路とバス通りの交差点にある中央分離帯には<ここから北 日光御成道 鳩ケ谷宿>と刻まれた大きな石が設置されています。
「案内板に沿って、鳩ケ谷の町を歩くと、鳩ケ谷の歴史や文化に触れることが出来るので、絶好の散歩コース」
「鳩ケ谷の街は江戸時代とほとんど町割りが変わってないから、ブラタモリみたいに古地図を見ながら歩くと楽しいよね」





平成23年(2011年) 川口市・鳩ケ谷市合併

3月11日、東日本大震災が発生。
「たいへんな災害だった。鳩ケ谷でもマンションの空き室を無償で提供して、被災者を受け入れた人もいたね」
そして10月11日、川口市と鳩ケ谷市が合併して、川口市になりました。
「川口市は56万人都市となったんだよね」
「68歳以上はスポーツ施設利用料が無料、グリーンセンターも無料というのが魅力だな」
「鳩ケ谷市は無くなってしまったけど、鳩ケ谷駅などいろんなところで鳩ケ谷という名前は残る」
「鳩ケ谷寄席に鳩ケ谷駅夜祭、ハト豆ねっともそうです」





平成24年(2012年) 日光御成道まつり開催

川口市と鳩ケ谷市の合併を記念して開催されたのが『日光御成道まつり』。
第1回目は11月9日と10日に行われました。
「宣伝もすごかったけど、すごい人出で川口中がお祭り一色だったわ」
「将軍・吉宗役が松平健さん、Akb48の指原莉乃さんがお姫様役だったね。市民など総勢1800人が参加する大行列は圧巻だった」
岩槻藩主・阿部正次の参勤交代を再現した大名行列、川口に関する歴史的人物の川口歴史行列、華麗な日光社参行列も再現して行われた華麗な一大イベント。
「鳩ケ谷まつりや商工まつりも一緒に開催されたから、すごい盛り上がりだった」





平成25年(2013年) 桜町湧水公園リニューアル

野鳥のさえずり、水辺を囲むように茂る緑、鳩ケ谷で自然が残る『桜町湧水公園』がリニューアルされました。
『自然的な要素が少ない鳩ヶ谷市にあって、見沼代用水に接し、樹齢数百年を有する大木の森としてある法性寺の森、そして、この森の東にある湧水を水源とする池と斜面林の区域は、谷戸の面影を今にとどめる貴重な空間です。この場所は、鳩ヶ谷市の中では自然的な環境を再生する場所として最も適しているといえます』として、旧鳩ケ谷市時代から自然再生が進められてきた湧水公園。
この「はとがや湧き水の里」づくり策定計画に参加し、桜町湧水公園の整備を行なってきたのが『はとがやに里山をつくる会』です。
「自然教室などにもよく参加させてもらったわ」




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