目次へ

ハト豆ねっと


川口再発見!
 『すごかるた』でめぐる川口



『ら・り・る・れ・ろ』の旅



もうすぐ立春、春が待ちどうしいな〜
『すごかるた』シリーズもいよいよプレ・クライマックス。
『川口すごかるた』でめぐる川口再発見の旅、第9弾は、
東京タワーができるまで、高さ日本一の鉄塔が川口にあった!
当時日本一の高さを誇ったNHK川口第1放送所からはじまる「ら・り・る・れ・ろ編」。
川口リリア、川口自然公園、大正ロマンの田中邸、観福寺、
お天気のいい日は、ら・り・る・れ・ろの旅にでかけよう!




NHK川口第1放送所が開設されたのは、1937年(昭和12年)のことでした。
上青木に第1放送所、鳩ケ谷に第2放送所ができて、2基の鉄塔があったのです。
高さはなんと312.82メートル。
東京タワーが完成した昭和33年まで、この鉄塔は日本一の巨大な鉄塔でした。
「その当時、日本一の鉄塔が川口にあったなんて、知らなかったわ」
そうなんです。東京タワーができるまで、川口のラジオ塔は21年間もナンバー1の高さを誇っていたんですよ。
関東一円にNHKラジオ放送を送信していましたが、老朽化によって久喜市と菖蒲町にまたがる場所に移転、1982年(昭和57年)に解体されましたが、その跡地には最先端の映像施設・SKIPシティが建設されています。
現在は、第1放送所の基礎部のみが残され、その名残を見ることができます。
ちなみに第2放送所の跡地には、埼玉県立鳩ケ谷高校が建っています。
「鳩ケ谷高校は、NHK第2放送所の跡地に建てられたのね」
「この放送所では、日本放送史に残る歴史的な事件もあったのよ!」
「何々、なにがあったの?」
「川口放送所占拠事件。終戦に反対する陸軍の兵士らによって放送所が占拠されたの」
1945年(昭和20年)8月24日、終戦に反対して徹底抗戦を主張する大日本帝国陸軍の兵士らにより占拠され、川口放送所占拠事件が起こりました。
これにより、放送は9時間もストップする事態となったそうです。
「いろんな歴史があったんだね」





産業の街から文化発信都市に変身した川口。
その口火を切ったのが、総合文化センター・リリアです。
京浜東北線川口駅の西口に位置し、地上6階のホール棟と地上15階のタワー棟により構成されています。
ホール棟には200席のメインホールがあり、パイプオルガンのある音楽ホール(600席)、展示ホールがあります。
またタワー棟には、リハーサル室、会議室、録音室などがあり、ホール棟とタワー棟の間には催し広場、ラウンジ「リリア」、ギャラリーなどがあって、川口市民芸術文化の拠点になっています。
多様な催しに貸し出すほか、ウィーンフィルの公演などを独自に文化事業として発信しています。
「ここは、川口駅西口の再開発事業の一環として建てられたのよね」
「通産省の燃料研究所があった跡地だったのよ」
開業は1990年。川口駅東口のキュ・ポラにある川口市立中央図書館とはJR川口駅を経てペデストリアンデッキでつながっています。
特徴的な三角形の屋根は、人が集う場所の願いを込めて、「人」の文字を表現してるのだそうです。





川口自然公園は、JR東川口駅からバスで7分、差間北から歩いて約7分の自然いっぱいの公園です。
田んぼや植木の畑が続く見沼田んぼの一角にあり、自然が楽しめるようにと昭和63年(1988年)に作られました。
園内は、見沼代用水から池に水を取り入れ、見沼に生息する生き物を間近で観察できるように散策路が巡らされ、水辺に集まるトンボやチョウ、瑠璃色のカワセミにも出会えます。
周囲には雑木林が残っていて、オオヨシキリ、ジョウビタキ、ホオジロ、コサギ、メジロなどたくさんの野鳥や、夏にはカブトムシやクワガタも姿を現します。
池周辺は、カワセミの写真を撮る人、つりをする人やザリガニとりを楽しむ子どもたちがいっぱい!
「6月にはホタルの姿を見ることもできるそうよ」
「自然の中で生きるさまざまな生き物に出会える公園なんて、素晴らしいよね」
ミニアスレチックなど子どもの遊びスペースも充実しているので、子どもたちを連れて出かけるには絶好の場所です。





旧田中家住宅(国登録有形文化財)は、大正時代に建設された県下有数のモダンな本格的洋風住宅です。
大正12年に建設された木造の特徴あるレンガ造りの3階建ての洋館を中心に、増築された和館、文庫蔵、茶室、池泉回遊式庭園などがあります。
江戸末期から明治にかけて麦味噌の醸造や材木商で財をなした田中家は、長男が代々徳兵衛を襲名、この邸宅は4代目田中徳兵衛氏が、大正10年から2年間以上をかけて建設したものです。
自ら材木商を営んでいたこともあって建築資材にこだわり、当時入手できる最高級の木材を用い、煉瓦も建築現場の近くで専門の職人に焼かせたといわれています。
洋館は最上階に突塔アーチ窓を置き、16世紀イギリスのチューダー・ゴチック様式が用いられています。
正面玄関には帳場と神棚を設けて、商家としてのスタイルを残し、二階には洋間の書斎と座敷を設け、洋風を基調としながらも、一部に和風を取り入れています。
三階は南側に大広間を設けています。応接間は一階に配置するのが通常ですが、田中家では眺望を重視して三階に配置したものと思われます。
洋館東側には、数寄屋造りの迎賓施設が増設され、当時貴族院議員だった4代目が来賓を招いてもてなしをしていたんでしょうね。
「調度品も豪華でデザイン性に優れていて、素晴らしいね」
「和と洋の融合も素晴らしいわ。まさに大正ロマンね」
「江戸に近い川口は日本有数の味噌の産地だったの。この洋館は川口の味噌のランドマークよ」
「昔の繁栄がしのばれる建物でもあるってわけね」
贅を尽くしたこのモダンな素晴らしい洋館、建築費用の総額は当時で18万円といわれています。
これは現在の金額にするとおよそ2億5千万円程となり、この建物がいかに破格であったかを窺い知ることができます。
現在は川口文化センター別館として公開中。
2月6日からは「旧田中家住宅の桃の節供」が開催されます。





観福寺は、前川観音として親しまれている真言宗のお寺です。
六代は前川に落ち延びた平氏の嫡流で、本尊の千手観世音菩薩像は六代の守り本尊と伝わっています。
「六代って、平家の落人なの?」
「六代というのは、名を平高清、平維盛の息子で祖父は重盛、曾祖父は清盛、つまり清盛のひ孫なのよ」
「出家して妙覚上人となって、観福寺の開祖といわれているのよね」
「頼朝に捕えられたんだけど、高雄の文覚上人の助命により、得度して妙覚となったの。その後は守り本尊千手観音のお陰で様々な危機を逸し、この前川にやってきたらしいよ」
前川観音は妙覚上人のたび重なる災難を防いだので「厄除観音」、近年では多くの良縁が成就する「縁結観音」として多くの人々の信仰を集めてきました。
観福寺の文化財には、景清の牢破り図絵馬(川口市指定文化財)があります。




『あ・い・う・え・お』編
『か・き・く・け・こ』の旅
『さ・し・す・せ・そ』の旅
『た・ち・つ・て・と』の旅
『な・に・ぬ・ね・の』の旅
『は・ひ・ふ・へ・ほ』の旅
『ま・み・む・め・も』の旅
『や・ゆ・よ』の旅



*一部写真(総合文化センター・リリア、前川観音堂)は、川口市のホームページからのものです。




目次へ