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ハト豆ねっと


川口再発見!
 『すごかるた』でめぐる川口



『な・に・ぬ・ね・の』の旅



爽やかな秋の季節がやってきました。
『川口すごかるた』でめぐる川口再発見の旅、第5弾は、
魅力満載の「な・に・ぬ・ね・の編」。
鋳物のまち・川口の鋳物の技術革新に力を尽くした人物や高度成長期の新幹線、盛人大学、おかめ市など魅力いっぱい!
さあ、SRに乗って、「なにぬねの」の旅に出かけよう!





ものづくりのまち・川口の代表的な産業といえばもちろん鋳物。
電気などの新技術で、鋳物業の近代化を進めたのが、近代鋳物産業の先駆者といわれる永瀬庄吉(1857〜1945)。
川口鋳物の技術革新に力を尽くし、蒸気機関による送風機を導入、また旋盤平削機などをも導入して、機械力による鋳造・仕上げ作業を開始。
造型には、それまでの伝統的焼型法に対して、西洋式生型法を紹介・導入し、鋳物の大量生産を実現しました。
また、川口町議会議員・川口鋳物同業組合長・川口町長なども歴任、川口の発展に尽力した人物です。
当初、薬研(やげん)を製造していたことから、屋号はヤゲンヤ。
永瀬家はヤゲンヤさんと呼ばれ、お屋敷には、母屋の洋館・複数の蔵・レンガ作りの発電所などが残っています。
明治44年、王子電気軌道会社により川口に電力が供給されるより前の明治33年、 庄吉は自家内に火力発電所を設置し、川口の本町は埼玉県で一番早く電灯がともった街だったのです。
第三代川口市長を務め、川口商工会議所の初代会頭となった永瀬寅吉は庄吉の長男です。
日光御成道の面影を残す、本一通りの街歩きをすれば、、今も残る永瀬家の洋館にも出会えます。





川口市では、50歳以上の元気な市民を「盛人」と呼んでいます。
成熟した盛んなる人という意味で、平成18年度に全国的にも珍しい盛人大学を開校しました。
盛人大学は、毎年50歳以上の方々の交流と地域参加の機会を提供することを目的に、「人、地域、社会がともに成長する」学びの場として開講しています。
これまでに多くの卒業生が、盛人大学で学んだことを活かして、それぞれの地域で川口の元気づくりのための社会貢献活動を行っています。
コースは8コース。
Aコースは社会教養、Bコースはカウンセリング入門、Cコースは国際、Dコースは健康生きがいづくり、Eコースは地域デザイン入門、Fコースはボランティア入門、Gコースは郷土川口再発見、Hコースは社会起業・ビジネス、それに農業体験もあります。
受講料は4500円程度(教材費は別途)、授業は2週間に1回程度ですが、毎年大人気!
「毎年、大人気で、応募者が殺到してるらしいよ」
「魅力的なカリキュラムがいっぱいあるものね。定年後の人たちの地域デビューの場としては最高!」
「中身も充実していて、西川口駅に近いところに盛人大学のキャンパスがあるのよ」
「入学式に卒業式、大学祭まであって、サークルやサロンもある」
「いいなあ〜」
各コースごとに卒業論文もあるそうですが、この「すごかるた」も実はその卒業テーマから生まれました。
盛人大学の魅力は、単に中高年に知的欲求を満足させるところだけでは終わらないところ。
地域の中の大学だという位置づけで、地域の問題・課題をここで解決までさせようというのですから、スゴイ!
地域に貢献する人材が、川口にはいっぱい!さすが、ボランティアのまち・川口です。
来年は、あなたも盛人大学でキャンバスライフを楽しんでみませんか。





東海道新幹線の初代車両・0系が作られたのは、なんと川口。
制作をした日本車輌製造株式会社の東京支店の工場は、川口市にありました。
建っていた場所は京浜東北線蕨駅の近くにある、芝園団地。
この工場で、あの丸みを帯びた特徴的な新幹線、0系が214両も作られたのです。
高度成長期の象徴でもあった新幹線、現在、この0系は大宮の鉄道博物館にも展示されていますが、新幹線が巣立った町が川口だなんて、素敵です
ね。
昭和53年(1978)に工場が閉鎖され、その跡地には川口芝園団地が建てられました。
鉄道博物館209系シミュレータでも、浦和電車区の車庫を過ぎたあたりで右側に大きな団地が見えてきます。
昔、ここで0系が作られたんだなあと、思い出してみるのもいいかも知れませんね。
この団地、ミステリー作家・大友克洋の『童夢』のモデルになった団地でもあるのです。
「川口に住んでいても、知らないことっていっぱいあるのね」
「今度、芝園団地にも行ってみよう!引き込み線の跡とかもあるかもしれないね」





川口の師走の風物詩といえば、おかめ市。
川口市では川口神社・飯塚氷川神社・鳩ヶ谷神社の3カ所の神社でおかめ市が行われ、川口神社は毎年12月15日、飯塚氷川神社は12月19日、鳩ヶ谷氷川神社は12月23日に開催されます。
鳩ケ谷の氷川神社でおかめ市が始まったのは明治の末。
日露戦争後の不景気で江戸時代から続いていた三・八市も次第に寂れ、何とか賑わいを復興させたいとの思いから、鳩ヶ谷の香具師で元締めの長井弥五郎が、商売繁盛の縁起物の熊手を買いに来る人が集まる酉の市を開く事を考え出しました。
第1回は明治43年と決まりましたが、台風や明治天皇崩御などで遅延となり、大正2年12月5日ようやく鳩ヶ谷のおかめ市が盛大に開かれました。
その後鳩ヶ谷のおかめ市は25日となり、年末最後の酉の市とあって、熊手やお正月用品を買い求めに都内からも多くの人が集まり、県内でも屈指の賑わいをみせるようになったのです。
この日は、日光御成道のバス通りも歩行者天国となり、露店の数は熊手商を含め250店以上が立ち並びます。
「よ〜おっ、シャン・シャン・シャン」
威勢のいい掛け声がひびくおかめ市、いつ行っても楽しいですね。
福を掻きこむ「かっこめ」を買って、来年も良い年に!





埼玉初の地下鉄、第3セクターの埼玉高速鉄道(SR)が開通したのは、2001年(平成13年)3月28日。
営団南北線の赤羽岩渕駅から浦和美園駅までを19分で結ぶ路線です。
東急目黒線と営団南北線と相互乗り入れをして、武蔵小杉駅や日吉駅までを直通運転しています。
着工からわずか5年8カ月で開業、日本初の試みで地下トンネルに導水管を埋設して荒川の水を浄化する最先端の多目的な地下鉄でもあるのです。
川口市内は川口元郷駅、南鳩ケ谷駅、鳩ケ谷駅、新井宿駅、戸塚安行駅、東川口駅と6つの駅に停車、陸の孤島と言われた鳩ケ谷の人たちにとっては念願の地下鉄でした。
愛称は、埼玉スタジアム線。浦和美園駅にある埼玉スタジアムでサッカーが開催される日は、浦和レッズのファンで車内が真っ赤に染まります。
そう沿線にはレッズファンが多いんです。
浦和美園駅にはうさぎ駅長の「ラビたまちゃん」もいますよ。
さわやかな秋、SRの1日乗車券で小さな旅にでかけてみませんか。
川口グリーンセンター、昭和の面影を残す日光御成道の鳩ケ谷宿、川口は見どころ満載です。




『あ・い・う・え・お』編
『か・き・く・け・こ』の旅
『さ・し・す・せ・そ』の旅
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