目次へ

ハト豆ねっと


川口再発見!
 『すごかるた』でめぐる川口



『さ・し・す・せ・そ』の旅



本格的な夏がやってきました。
夏休みのプールからは、子どもたちの歓声が聞こえてきます。
昔はベーゴマで遊ぶ子どもたちの姿がありました。
あの懐かしいベーゴマ、実は川口で作っているんですよ。
『川口すごかるた』でめぐる川口再発見の旅、
第3弾は、「さ・し・す・せ・そ編」。
ベーゴマや江戸時代の社会教育家・小谷三志、国立博物館・表慶館のライオン像を制作した大熊氏広など川口の民族文化や歴史・芸術にふれる旅です。





昭和20年代から30年代後半、子どもたちの遊びの主流だったベーゴマ。
今は、ほとんど見られなくなったベーゴマですが、子どもから大人まで密かなブームになっています。
そのベーゴマを製造する日本でだだ一つの工場が、川口にある「日三鋳造所」。
ベーゴマ専門製造工場として、ベーゴマの製造・販売だけではなくて、保存や普及にも力を入れています。
「そういえば、もう20年位前になるけど、日三鋳造所の辻井五郎さんが、工場を閉鎖したとき、全国の子どもたちから『ベーゴマ作りをやめないで!』という手紙がたくさん届いたのよね」
「そうそう、それで辻井さんは子どもたちの夢を消さないために、ベーゴマ作りをやめなかったのよ」
「エライよね!あの人気漫画『こちら葛飾亀有公園前派出所』にも登場する有名人よね」
戦後、子どもたちの間で人気を呼んだベーゴマは、紐をベーゴマに巻きつけて、大きなバケツの上にシートやゴムを被せて、その上で勢いよく回して対戦する遊び。
ベー玉やめんこと並んで、当時の遊びの三種の神器でした。
「昔は、長嶋や栃錦、力道山といったスポーツ選手の名前が彫り込まれていたのよね。今はどんなものがあるのかしら?」
「形は丸いのとか、六角形とか9種類もあるんだって!東京六大学のイニシャルもあるみたいよ。
珍しいところでは、川口の特産品になっている十二支のベーゴマかな」
「ナンジャタウンや東京ソラマチでも売ってたわ。あのベーゴマは川口で作られたものだったのね」
鋳物のまち・川口は、ものつくりのまち。
職人さんたちの心意気が伝わってくるベーゴマ。
日本の文化としてのベーゴマ遊びは、今も健在で全国各地でベーゴマ大会が開催されています。





川口・鳩ケ谷で生まれた小谷三志は、江戸時代の宗教家、社会教育家です。
富士山信仰と実践道徳を結合させた不二道の指導者で、四民平等、男女平等の思想を教え、女人禁制だった富士山に女性初の登頂を実現させた偉大な人物でもあるのです。
小谷三志については、川口文化財センター分館の鳩ケ谷郷土資料館に鳩ケ谷の偉人として、詳しく紹介され、三志の没後100年を記念して作られた銅像も展示されています。
「以前にオモシロたんけん倶楽部でも紹介したけど(2013年10月号)、女人禁制だった富士山に男装させた高山たつさんという女性を連れて登頂したのよね」
「そうそう、たつさんが、女性初の富士登山者なのよね」
「その時代に男女平等の思想を教えるなんて素晴らしいよね」
三志は『この世は女の人で持つ』と言っています。田畑では女の人が男に負けず働き、町で繁盛している店はみんなおかみさんで持っている。着物を考えれば、蚕を飼うのも糸を取るのも女の仕事、木綿をつむぐのも布に織るのも女の仕事、縫って着物にするのも女の仕事、この世は女で持っている...と説いたのです。
あの有名な二宮尊徳とも親交があり、尊徳に多大な影響を与えた三志は、士農工商、男女の区別なく、すべての人間は平等で、人間は、ありとあらゆるものから恩恵を受けていて、それらに感謝して、目上の人を尊び、贅沢を言わず、人のためを思い、自分の仕事に精を出すことが、社会の平和と自分の幸せになると教えていたのです。
小谷三志のお墓は地蔵院にありますが、二つの大きな自然石を重ねただけの質素なお墓です。(市の指定文化財)
鳩ヶ谷には、小谷三志の三男が江戸時代に始めた、鰻屋「湊家」があり、鳩ケ谷土産の「三志最中」も有名です。





青木町公園にある「青木町公園総合運動場」は、市民のスポーツ活動の拠点になっています。
2010年、川口市平和都市宣言25周年を記念して、公園の愛称が「青木町平和公園」になりました。
園内には、各種スポーツ施設が整っています。
全天候型で400mトラック8面を誇る陸上競技場や野球場、砂入り人工芝で12面のテニスコート、埼玉国体でも利用されたプール、本格的な弓道場や相撲場など、多種多様なスポーツ施設が整備されています。
また、園内にはジョギング・ウォーキングコースもあります。
是非、見て欲しいのは公園中央にある、東京オリンピックに使用された聖火台のレプリカ。
実は、あの聖火台、川口で作られたものなんです。
当時川口随一の腕を持つと言われた鈴木万之助、文吾親子に依頼された聖火台ですが、制作過程で帰らぬ人となった父の後を継いで完成させ、親子二代の偉業とたたえられました。
子どもたちに人気の9687型蒸気機関車も展示されているので、SLファンには嬉しいですよね。
毎年年末に行われる川口市のマラソン大会の、スタート、ゴールの場所にもなっています。





鳩ケ谷出身の彫刻家・大熊氏広は、安政3年(1856)三ツ和に生まれました。
日本画、西洋画を学んだあと、工部美術学校の彫刻科に入学し、イタリア人教師ラグーザのもとで学び、その才能を認められました。
首席で卒業した氏広は、翌年、有栖川宮邸(J.コンドル設計)の建築彫刻を担当、皇居(明治宮殿)造営などにも関わりました。
明治21年、岩崎家の援助を受けフランスに留学、後にイタリアに渡り、アルグレッティ、モンテヴェルレに師事し、騎馬銅像など記念碑彫刻を本格的に学んだのです。
作品には、靖国神社の「大村益次郎像」(1893年)、浅草寺にある「瓜生岩子像」(1901年)、上野公園にある「小松宮彰仁親王像」(1912年)、有栖川宮熾仁親王像(1903年)のほか、国立博物館・表慶館のライオン像(1910年)などがあります。
「靖国神社の広場中央にそびえたつ、大熊益次郎の像は大きいよね」
「これは日本最古の洋式銅像で、東京三代彫刻の一つなのよ」
「すごいね、こんな立派な銅像を作った人が鳩ケ谷にいたなんて、誇らしい気分だわ」
他にも雪中行軍遭難記念像「後藤房之助像」(1906年、青森市八甲田山中)、伊能忠敬像(1919年、佐原市諏訪公園)、慶應義塾志木高校にある「福澤諭吉座像」などがあり、数百点にのぼる作品を残しています。
川口文化財センター分館の鳩ケ谷郷土資料館には、大熊氏広の資料が展示されています。
靖国神社、上野、浅草など大熊氏広の銅像めぐりの旅もおススメです。





川口市の花は「さざんか」です。
昭和49年7月1日、市政施行40周年を記念して制定されました。
「市民に親しみやすく、移植が容易で一般家庭や公園などに広く活用でき、市のシンボルとしてふさわしい樹木17種を選出して、その中から市民投票の結果を参考に決定されたんだって」
サザンカは、ツバキ科の常緑広葉樹で、花の見ごろは秋から冬。
植木の町・川口だけあって、街の中には、サザンカの木がいっぱい!
花と緑の振興センターや川口グリーンセンターでは、様々な品種のサザンカが、毎年、ピンクや赤や白のきれいな花を咲かせてくれます。
「サザンカの花言葉、知ってる?」
「困難に勝つ、ひたむき、なんだって!」
「なんか、なでしこジャパンみたいだね」
「寒さが強まる過酷な季節にも、負けずに花を咲かせる姿に由来してるらしいよ」
「色によっても花言葉があるの。白は理想的な恋、かわいらしさ、あなたは私の愛を押し退ける。赤の花言葉は、謙譲さ、純粋、あなたが一番美しい。ピンクのサザンカの花言葉は、永久の愛。なんかロマンチックな花だと思わない」
紅葉の季節を過ぎるとサザンカの花が咲き始めます。
マフラー片手にサザンカの散歩道を散策するのもいいですね。







目次へ