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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月のおしゃべりインタビューは
川口在住のシャンソン歌手
 『大林文子さん』です。



人との出会いに感謝の日々
シャンソンに魅せられて


人生を語り、ときめく恋心・愛と別れを切なく唄う大人のための音楽、シャンソン。
そんな「シャンソンの夕べ」が、先月、川口で開催されました。
出演者の一人、大林文子さん(70歳)にとっては、初めての川口でのチャリティコンサート。
たくさんの人たちを前に、年齢を重ねて深みを増した美しい歌声を聴かせてくれました。
彼女がシャンソンと出会ったのは、58歳の時。
たまたま立ち寄った銀座シャンソニエ『マ・ヴィ』で、オーナーでもあるシャンソン歌手の日高なみと出会い、シャンソンを本格的に習い始めたのです。
それから12年、いろんな人と出会い、親戚でもある『戸川昌子の店・青い部屋』にも出演してシャンソンを唄い、楽しむ日々。
主婦でもあり、3人の母でもあり、ご主人の会社の副社長といくつもの顔を持ち、いくつになっても輝きを失くさない素敵な文子さんにシャンソンの魅力をインタビューしてみました。



ハト豆: シャンソンと出会ったきっかけは?

大 林: 主人の高校時代のお友達がご夫妻で銀座にある『マ・ヴィ』の日高なみ先生にシャンソンを習ってらしたんです。
それで生徒さんの発表会などを時々聴きに行ったりしておりました。
たまたま主人と銀座に行った時に『マ・ヴィ』に立ち寄り、その時に日高なみさんに「リクエストは?」って聞かれました。
それで「愛の賛歌」をリクエストしたのですが、その時、主人が「うちの家内も歌が好きで時々唄ってるんですよ」などと話をしましたら、「習いにいらっしゃい」って事になって...。
私は抒情歌を唄うことは好きだったのですが、カラオケにも行ったことがないし、その時までシャンソンを唄う気も全然ありませんでした。
それに習うと言ってもお稽古事といったら絵とか、お茶やお花しか知らないし、お店も今まで味わったことのないような雰囲気だったので、どんなことをするのかも分かりませんでしたが、言いだしっぺが主人だから「それじゃ一緒に習いましょう」ってことになったのがキッカケです。

ハト豆: ご主人とご一緒に?

大 林: はい、主人と一緒に習い始めたんです。

ハト豆: それはいくつの時ですか?

大 林: 58歳の時です。月に2回、土曜日に行ってたんです。
主人のお友達にも「習うことになったから」ってご挨拶したら、「日高なみさんは気が短いから、唄いなさいって言われたら、即唄わないと雰囲気を壊すから、そんなところでもじもじしてちゃだめよ」ってアドバイスされて、それを信じて、習った曲を必死で覚えて行きました。
「文子さん唄って」って言われたら「ハイ」って前に出て行って唄いました。
みなさんからしたら、習いたてで、ずうずうしいって思われたでしょうね。(笑)
それから2、3年位して、なみさんが倒れられ、そのあと基礎の発声練習を武蔵野音大を出られた方に習いながら、1ヶ月に2曲か3曲づつ、必死で覚えました。
考えてみたら、高校時代にも音楽の先生に「声楽に行ったら」と言われたことがあって、発声を教えて貰っていたことがあったんですよね。

ハト豆: もともとシャンソンが好きだったんですか?

大 林: シャンソンは、昔、母が「雪がふる」をよく唄っていました。
私はどちらかというとそんなに好きではなかったのですが、でも、シャンソンは詩がいいんですよね。
従姉妹たちから、小さい時はいつも歌を唄ってたといわれましたから、もともと歌は好きだったんでしょうね。



ハト豆: ご主人は?

大 林: 主人は大学のグリークラブにいましたから、歌は好きだと思いますが、まさか自分がシャンソンを唄うとは思わなかったのではないでしょうか。

ハト豆: シャンソンと出会って変わりましたか?

大 林: 世界が変わりましたね。
こんなに出好きというか、人前に出て、ずうずうしいとは我ながら思いませんでした。(笑)
でも、シャンソンは、日常の生活と離れたところで自分が夢中になれるものなんです。
その詩の人生を知るとそれを表現出来た時に楽しいなっていつも感じています。

ハト豆: シャンソンは年齢を重ねた方がいいのかもいれませんね。

大 林: 「生きる」とか、「私はこんな風に生きてきた」なんて、20代の人が唄ったらおかしいものね。
誇張して上手にみせる必要がなかったから、逆に気楽に唄えるのではないかと思います。
ステージに出る時はすごく恥ずかしい。足がガクガクして...。
でも、シャンソン唄うことで、「みんな元気」とか言って、集まるチャンスを作ってくれてるんです。
ご主人を亡くされたとか、お母様を亡くされたというようなときにも、彼女に言葉じゃない慰めを「この歌を唄って慰めたいな」と思って、彼女の気持ちになって唄ってあげています。
この年だから出来る、お友達との繋がりがあるから出来るってことだと感謝しています。
いい歌がいっぱいあるから、これを聴いて「元気で一緒に食事しよう」っていうことができてるから幸せかなって思っています。

ハト豆: 初めてステージに立ったのは?

大 林: 唄い初めて3ヶ月目。銀座のガスホールです。



ハト豆: お客さんは何人位いたんですか?

大 林: 300人位でしょうか。

ハト豆: エッ、そんな中で唄ったんですか?

大 林: 日高なみさんは有名なプロのシャンソン歌手だし、お弟子さんも何人もいらっしゃって、その時は生徒の発表会だったんです。

ハト豆: その時のことは覚えてますか?

大 林: よく覚えてます。
日高なみさんの前では「恥ずかしい」とは言えないんです。
舞台に立つ時はもう何年も前から唄ってるって調子でみんな出て行くんです。
バンドがバーンとあって、ライトがあって、もう夢の世界です。
そのとき唄った曲は「聞かせてよ愛の言葉」。
今考えたら、それに出して貰えたのは本当に有難かったなあと思っています。
それがなかったら今はないですものね。

ハト豆: シャンソンの難しいところは?

大 林: 私は聞いて覚えちゃうので練習しないでも意外に大丈夫なんです。
わりと感覚で唄う。だから何回も失敗してるわけですが...。(笑)
シャンソンは語りだから難しい。きちんと唄う方が楽だけど...。

ハト豆: 感情を入れるのが難しい?

大 林: 感情をあんまり入れすぎちゃうと自分がどこを唄ってるか分からなくなっってしまうので
私は、感情はあんまり入れない方がいいと思っています。
その辺は演歌とちょっと違うところかな。
自分だけで酔っちゃうとダメなのです。
冷めた自分があって、自分の歌でその方たちに感じていただく。
聴かせるというより、聴いてるうちに「悲しい」とか「景色が浮かぶな」と思っていただくのです。

ハト豆: 演劇とか朗読に通じる部分があるんですね。



大 林: 同じですね。
だから、シャンソンを唄う人には女優さんが多いですね。

ハト豆: それからステージに立つようになったんですか?

大 林: 発表会に出たり、シャンソンをやってらっしゃる方とか、ピアニストの方から声をかけて貰ったりして、ライブハウスで唄ったりしています。
私の場合、競争相手もいないし、気楽だから唄えてきたのかもしれません。
もう40年来の付き合いの、安行に住んでらした画家の浅野修さんという方がいらっしゃるんですけど、その方の個展のときに「シャンソンの夕べ」をピアニストを連れて、主人と唄ったりしてるんです。

ハト豆: いつもご主人と一緒に唄われてるんですか?

大 林: いいえ。
個人的なときは一緒に唄うこともあるんですが、主人は仕事がありますし、それに私と唄うのはすごく嫌なんですって。
私みたいに練習をしないで唄うっていうのが嫌みたいです。(笑)

ハト豆: 川口にも「シャンソン推進会」というのが出来たんですね?

大 林: 鳳寛子さんが中心となって、昨年の4月に作られたんです。
「シャンソンの夕べ」は今年2回目なんですが、昨年は、北海道でステージがあったので出られなかったんです。
だから、私にとっては今回が初めての川口でのステージだったんです。
「ご主人とご一緒に」と言われたので、2人で「甘いささやき」でも1曲唄えばいいかなって思って、気軽な気持ちで受けました。



ハト豆: 地元で唄ったのは初めて?

大 林: そうです。
ご近所の人も(唄ってるのを)全然知らないと思います。
私はもっとたくさんの方が出られるものだと思っていたんです。
みなさん、グループでお稽古をなさったりしてらっしゃるんですが、私はそんなお稽古の仕方をしたことがないんです。
『マ・ヴィ』の日高なみさんが倒れてから、店を閉じるまでは、はえぬきが残って唄ってたんですが、お店がなくなってからは、六本木の『ピギャール』のオーナーの神長まさみさんに「私が教えてあげるから」って言われて、そこで「マダム大林」で唄うことになりました。
そこではみなさんが唄える日というのがあるんです。
それで皆さんが唄う前に唄うようになりました。そこで4年位やってました。

ハト豆: 戸川昌子さんとはご親戚だと聞いたんですが?

大 林: そうです。
小さい時は一緒に疎開していたこともありました。
祖母が生きている間は交流がありましたが、その後は交流がなかったんです。
ただ、シャンソンを始めてから、言わないわけにもいかないので、「実は私...」って話しました。そうしたら、「なんで言ってくれなかったの!」って言われてしまいました。
彼女には、「アンタ、すごくいい味出してるね」と言われて、それから声が掛かってくるようになりました。
私は仕事もあるので、「大林文子の世界で、『水曜日に魅せられて』っていうので、お友達を呼んでやったら」って言ってくださったんです。
先輩方も大勢いらっしゃるのに、私が冠みたいになるのは失礼かなと思ったのですが、「ご親戚だから仕方ないわよね」と言われながら、厚かましく渋谷の『青い部屋』でやってました。
すごい恵まれてたのは、そこを締める時になかにし礼さんに言われて、彼の訳詞の歌を唄わせて貰ったことですね。

ハト豆: 『青い部屋』はやめたのでは?

大 林: 戸川昌子さんは、今、渋谷に『サラヴァ東京』っていうライブハウスあるのですが、そこで『青い部屋』を続けています。
息子のNEROさんも一緒に「月曜シャンソン」をやっているんですよ。

ハト豆: そこにも出演されてるんですか?

大 林: はい、彼女に誘われた時に、こちらの都合が合えばですが。
今度はうつみ宮土理さんの『キンケロ・シアター』で1月18日に〜受け継がれるシャンソンスピリッツ〜っていうシャンソンコンサートがあるんですが、それにも出演させて貰う予定です。
私は周りのいろんな人に支えられてやってくることができました。
もう感謝です。

ハト豆: 今日はありがとうございました。
これからも頑張って唄い続けてくださいね。








Chambre der Chansons
〜受け継がれるシャンソンスピリッツ〜
会場:キンケロ・シアター
日時:2014年1月18日・19日




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