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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月のインタビューは
鳩ケ谷出身の落語家
 『柳家いっぽん』さんです。



高校生で弟子入り!
ただいま馬風師匠の元で修業中


 12月から「鳩ケ谷寄席」に登場した柳家いっぽん(22歳)さん。
実は鳩ケ谷出身の落語家さんなんです。
高校1年生の時に大好きだった柳家獅堂に入門。
師匠との約束通り、高校を卒業してから大師匠の鈴々舎馬風一門で念願の前座修業を始めました。
柔道3段の大きな体で元気いっぱい!
明るい性格でみんなに可愛がられながら、二ツ目めざして勉強中!
今後の活躍が期待される若手落語家さんです。
そこでおしゃべりが大好きという、いっぽんさんにインタビューしてみました。



ハト豆: 落語家になろうと思ったきっかけは?

いっぽん: サラリーマンやっても食っていけないかなと思って...(笑)。
落語が好きだったので、好きなことをやるのが一番いいかなと思ったんです。

ハト豆: 落語が好きになったのは?

いっぽん: 中学2年生の時にテレビで初めて落語を観て、NHKの新人落語大賞だったんですけど、落語って面白いなあと思ったんです。
それで父親に頼んで寄席に連れてってもらいました。
それからいろんな落語家さんを観るようになって、うちの師匠(柳家獅堂)が一番面白いと思ったんです。
それで楽屋を訪ねていきました。

ハト豆: いつごろ?

いっぽん: 高校1年の4月でした。
落語家さんと会って、話をしてみたかったんです。
弟子にして貰うにしても実際、会ってみないとどういう人なのかわからないじゃないですか。
でも、うちの師匠はすごくフランクに話してくれて、「落語家になりたいんです。
師匠みたいな落語家が好きです」って言ったら、「落語家になりたいんだったら、そりゃあ圓歌師匠とか、馬風師匠とかに話した方が早いんじゃないの」って言われたんです。
それで「師匠みたいな落語家になりたいんです」って言ったら、「噺家になる前に新日本プロレスに行った方がいいんじゃないの」と言われてしまいました(笑)。うちの師匠はプロレスが好きなんですよ。
その時は断られたという感じではなかったので、今度は、豊島区でやってる「長崎寄席」に行きました。
この時は、たまたま柔道部の部活も休みだったので、この機会を逃したらもうダメだと思って、師匠に会いに行きました。
それで「弟子にしてください」と言ったんです。
そうしたら師匠も困った顔をして...、その時は師匠もまだ真打になったばかりだったんですよ。
それからしばらくして、年が明けてまた師匠のところに訪ねて行って、「覚えてますか」って言ったら、「覚えてる、覚えてる、実はもう1人弟子になりたいって奴が来ちゃってさ。
いま考えてるところなんだよ。君はまだ高校生だからね...」って言われたんです。
その後、3月だったんですけど、師匠から「ちょっと話がしたいから出て来てくれ」と電話があったんです。
それで「もう1人いるんだけど、君の方が先に弟子にしてくれと言ったから2人共、弟子に取ることにした」と言ってくださったんです。
嬉しかったですね。
2007年の4月1日付で弟子になりました。
学校に通いながらですけど。

ハト豆: 高校はどうしたの?

いっぽん: 師匠から、高校だけは出なさいと言われました。
柔道もやってるんなら、学業と柔道に専念していいから、ヒマなときに来てくれればいいからと言われたんです。
それでヒマな時にカバン持ちをやったり、地方について行ったりしてたんです。

ハト豆: 高校はどこですか?

いっぽん: 県立川口高校です。
柔道部で一応、副部長をやってました。

ハト豆: 両立はたいへんじゃなかった?

いっぽん: 別ににたいへんじゃなかったですね。
うちの師匠はあんまり教えてくれる人じゃないんですよ。
噺家はみんなそうなんですけど、基本的に弟子には稽古をつけないんです。
ただ、打ち上げの動きだけは、厳しく叩き込まれましたね。
お前はああいうとこで動けとか、飲み物が無くなりそうだったら、その人のタイミングを計って「何かお持ちしましょうか」と声をかけるとか、灰皿は吸ったらすぐ取り換えるんじゃなく、その人がトイレに立った時などいないときに替えるとか、楽屋での気配りなんかを師匠から教わりました。

ハト豆: 両親の反対は?

いっぽん: まあ反対はされましたけど、そんなにやりたいんだったらやれって言われました。
それで30歳までに芽が出なかったらやめろとも言われました。
師匠と父親と一緒に面談をした時にも、高校だけは出ろと言われてました。
それで取れるんだったら、柔道3段まで取れと言われたんで、3段まで取りました。
埼玉県では、高校生で3段を取ったのはあんまりいないと思いますよ。

ハト豆: 高校を卒業するまで、長くはなかった?

いっぽん: 今から考えると長くはなかったですね。
高校を卒業してから、前座になりました。
前座になったら、すぐ楽屋に入れてくれるのかなと思ってたら、師匠は何も教えてくれなくて、大師匠(柳家獅堂の師匠)に当たる鈴々舎馬風師匠の奥さんが、「あの子は人に教えるのが下手だから、うちに修業に来なさい」と声をかけてくださったんです。
「うちには二ツ目とか前座の子もいるから、10日に1辺でもいいから来なさい。10日と言わず、いつでも時間があるときに来ていいから」と言われて、朝行って、ご飯を食べて、掃除をしてという風に、今も10日に1辺は行ってるんですよ。
師匠がお父さんだとすると、馬風師匠はおじいちゃんみたいな感じで可愛がって貰ってます。



ハト豆: 師匠からは何も教わらないの?

いっぽん: ほとんど教わらないです。
師匠とはあんまり会わないですね。
師匠が寄席の出番があまりないので会う機会が少ないんです。
だから師匠と言うと、馬風師匠だと間違われることも多いです。
いま一門の前座は私だけなんで、おとといも大師匠と北海道に一緒に行ってきました。
大師匠のお付きで行くことが多いですね。

ハト豆: それは恵まれてますね。

いっぽん: 非常に恵まれてます。
一門の末っ子なので「孫弟子の中では一番、可愛がられてます」って、キャッチコピーで言わせて貰ってます。
孫弟子は私1人しかいないんでね。(笑)

ハト豆: 「いっぽん」という名前は誰が付けてくれたの?

いっぽん: 馬風夫人と一門の兄さんたちですね。
私が柔道やってたこともあって、『有効(ゆうこう』はどうかという話もあったんですが、馬るこ兄さんが「柔道の有効は無くなったんじゃないですか」って...。実際には有効じゃなくて効果(こうか)が無くなったんですが、「効果が無くなったんなら、有効も無くなるかもしれないから、技ありにするか。
まあ、技ありも中途半端だから『いっぽん』にするか」ってことになって、『いっぽん』という名前になりました。
うちの師匠が『しどう』なので、弟子が『いっぽん』というわけです。

ハト豆: 落語は楽しい?

いっぽん: 楽しいですよ。
受けても受けなくてもやり切ってしまえば、すごい満足感があります。
もちろん受けたときが一番嬉しいですけどね。
毎日楽しいです。

ハト豆: 落語を覚えるのはたいへんでは?

いっぽん: 記憶力が悪いので、師匠の話をレコーダーに取って何回も何回も聞いて覚えます。
本当はない方が1回で覚えようという気になるのでいいんですけどね。
それに前座は楽屋にずっといるので、着物をたたんだりしている時にも聞こえてくるんですね。
それで自然に入ってきます。
売れてる奴ほど落語がうまくなるっていうんですけど、楽屋で気がきくと仕事が貰える、仕事が貰えるといろんな所で落語をやる機会も増える。
楽屋働きをしているとうまい人の落語がいっぱい聴けるんです。
いま使っていただいてるのはこの『鳩ケ谷寄席』と師匠に「弟子にしてください」と言った『長崎寄席』の主催者の方が覚えていてくださって、「前座になったんだったら、うちで今度はレギュラーで」と言ってくださって、2ヶ月に1度なんですけど、そこでも勉強させて貰ってます。

ハト豆: 鳩ケ谷で落語家になった人は?

いっぽん: いません。私がはじめてですね。地元のそば屋さんでも会をやってくださってるので、本当にありがたいなと実感してます。

ハト豆: どういう落語家になりたい?

いっぽん: 理想でいうと、先代の四代目鈴々舎馬風みたいな人に憧れますね。
先代馬風がやってたことが今、私がやりたいことにすごく似てるんですよ。
馬風師匠も、うちの師匠もそうなんですが、落語の前に時事漫談みたいなことをやるんですよ。
四代目馬風を聴くと(直接聴いたわけではないんですけど)時事漫談に加えて自分の闘病記とか、ものまねなんかをやるんですね。
私もものまねがすごく好きで、楽屋の師匠のものまねとかをやって、それで仕事をいただいたこともあります。
先代に似てるって言われることもあるんです。

ハト豆: ご家族は?
いっぽん: 両親が鳩ケ谷本町で「はなみち」という介護センターをやってます。姉が一人いるんですが、小学校の先生をしているので、たまに学校に呼んでくれることもあります。
子どもたちの前で落語をすると、その反応が面白いですね。
川口や鳩ケ谷などでもイベントがあったら、どこでも行きますので、是非呼んでください。

ハト豆: 今日はありがとうございました。
今後の活躍を期待しています。頑張ってくださいね。
(3月8日の「鳩ケ谷寄席」に出演予定)




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