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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月のインタビューは
『被災地で炊き出しをした
■■■4人の青年」です。



ソース焼うどんで被災地を元気に!
■■陸前高田市に炊き出しに行ってきました


 鳩ケ谷の4人の青年が、「ソース焼うどん」を積み込んで東日本大震災の被災地・陸前高田市に炊き出しに行ってきました。
5月1日に埼玉スタジアムで行われた「B級グルメ大会」は強風のため、午前中で中止。
そのため鳩ケ谷ソース焼うどんの材料が大幅に残ってしまったのです。
これを有効利用できないかと考えた「鳩ケ谷ソース焼うどん研究会」のメンバーたち。
そこでソース焼うどんで被災地を元気にしようと、現地での炊き出しを決行しました。
1台の車に鉄板やガス、水、材料を全部積み込んで、焼うどんサミットで交流のあった岩手に休日を利用して出発。
参加したのは、鳩ケ谷ソース焼うどん研究会・会長の安田茂さん、森信二さん(商工会青年部員)、近藤さん(鳩ケ谷市役所職員・個人参加)、商工会職員の田部雅樹さんの4人。
そこで、彼らが見た被災地の様子をインタビューしてみました。

左より田部さん、安田さん、森さん。

ハト豆: 岩手に行くことになったきっかけは?

田 部: 震災の直後から、何か出来ることはないかと色々考えてはいたんですが、いつか現地を訪れて直接助けることをしたいと思っていました。
5月7・8日に行くことは最初から決まっていた事ではなくて、5月1日に行われた「B級グルメ大会」が強風で午前中で中止になって、食材が大幅に余ってしまったんですね。
肉とかは冷凍保存できるんですが、麺は生めんなので保存が10日間程しかできないんです。
それをただ配ったり、廃棄するくらいだったら、これを活かす方法として、今が行動する時なのかなと思いました。

ハト豆: なぜ陸前高田市に?

田 部: 候補はいくつかあったんです。
埼玉の騎西高校にも「グルメ団体のどこか行ってくれませんか」という県からの依頼はあったんですが、まずは現地に行ける手段がないか模索しようと、「焼うどんサミット」で親交があった岩手町に連絡を取りました。岩手町は大きな被害はなかったようですが、県内の避難所に炊き出し応援に行ってたので「一緒に炊き出しができないか」と話しをしたら、対応が早くてその日のうちに連絡がありました。
岩手町とは一緒ではなかったんですが、陸前高田の避難所を紹介してくれました。


田部さん
ハト豆: 4人だけで行ったの?

安 田: 車1台で行ける人数が4人だったんです。

田 部: とにかく急に決まったので、7・8日に個人参加できる人ということで、今回は取りあえずこの4人になりました。

安 田: 森君はガス屋さんなんで、向こうで何かトラブルがあったときにも対応出来ますからね。

ハト豆: 岩手まではどの位かかったの?

田 部: 朝6時に積み込みをして7時に出発して、着いたのは3時過ぎでしたね。
高速を降りたところで岩手町の人と待ち合わせをして避難所まで案内して貰いました。
陸前高田は一関で降りて気仙沼を通るルートが一番近いんですが、道が通れない可能性もあったので、一つ先で降りて上から戻ってくるルートで行きました。

ハト豆: 現地の状況はどうだったの?

田 部: 高速を降りて100キロ位走って、途中は正直なんの変化もなかったんです。
陸前高田の町に入っても「大したことはないのかな」と思っていたら、カーブを越えて山を降りた途端、いきなり壊滅的な状態の風景が目に入ってきました。

安 田: もう何にもない状態で、映像で見たシーンと同じでした。
何キロ先まで壊滅的な状態で衝撃的でしたね。

森  : 見るも無残なすさましい光景で言葉を失う位でした。
人々の生活の営みがあったとは思えないような...心が痛んでしまいました。

月山神社炊出し準備完了

ハト豆: どこの避難所に行ったの?

安 田: 最初は月山神社の避難所です。

田 部: 着いてすぐに夕食の炊き出しの準備をしました。ここでは100食くらいを作りました。夕食なんでソース焼うどんと豚汁を用意しました。
一緒に行くことはできなかったんですけど、材料のきざみなんかは湊家さんが協力してやってくれたんですよ。

ハト豆: みなさんの反応は?


安田さん
安 田: 最初は温かいものが食べられるということに感動されていたので、言葉もかけられない状態で黙々と作っていたら、並んでいるお母さん方に「もうちょっと元気出さないと私たちも元気が出ない」と逆に言われてしまいました。
「いつもこんななの?もっと元気出してやってよ!」って言われましたね。
それが元気の出しようがないというか、ホント声がかけられなくて...。

田 部: 2日目になると笑いながら掛け合いながら出来るようになったんですけど、1日目はぎこちなかったですね。
今回、岩手町の方に「何も物資を用意できなくて、焼うどんだけなんですけどそれでもいいですか」と聞いたら、「毎日の食事に困ってるから、それでOKです」と言われたんです。
来てみたらその言葉通り、こんなに食べて頂いて、喜んで貰えてありがたかったです。

森  : 僕は豚汁を作っていましたが、美味しいと喜んで貰えて良かったです。

月山神社炊出し中

ハト豆: 電気や水道は?

田 部: 水道はまだ通ってなくて、自衛隊の人が何日かに1回トラックで運んで来るんです。
お風呂も3日か4日に1回くらい車に乗り込んで駐屯地まで行ってるみたいです。
電気はようやく発電機が届いて、少し使えるようになったばかりだったんです。
だから電気も大事に少しづつ使うという感じでした。

森  : 炊き出しのガスはこちらから持ちこみました。
水も全部持ちこみです。


森さん
ハト豆: どこで泊ったの?

田 部: 車の中で寝ようと思ってたんですけど、大部屋に布団を引いてくださって避難所で宿泊させていただきました。

安 田: その夜は避難所の外にあるテントの中にガレキを持ってきて、斧で薪割りして焚火をしながら「折角来たんだから」とビールとつまみを出してきてくれて、一緒にお酒を飲みました。
元気づけに行ったのに逆に僕らが元気を貰いましたね。
それから、この日初めてテレビが入ったんですね。
9時からNHKで津波特集をやるんで「一緒に見て行きなさい」って言われて一緒に見ました。

田 部: みなさん、映像で見るのは初めてだったんで、みんな正座をして見てました。
炊き出しが終わってから、ちょっと町を見に行こうとしたら、その方たちは「心配だから」ってついてきてくれて案内してくれたんですよ。

ハト豆: ガレキは片づけられてるの?

田 部: 避難所は山の上にあるんですが、すぐ下の平地はもう何にもない状態でガレキの塊は徐々に出来つつあるという感じです。

安 田: ガレキの山が所々にあって、消防の人たちがまだ不明者を探しているという状態ですね。

月山神社避難所代表の方々と

ハト豆: 2日目は?

田 部: 朝はゴミの収集ができないのでガレキと一緒に燃やしてるんですね。
まだまだ寒いので暖を取る目的もあるんですが、ガレキの撤去を手伝いました。

安 田: 「折角来たんで」と海の方の防波堤まで案内してくださったんですけど、実際にそこに行くとスゴイ防波堤なんですよ。
こんな大きな防波堤があって、これを津波が乗り越えたのかと思うと...。
防波堤の入口の金具なんかも飛んじゃってますからね。

田 部: ここの人たちも地震ではそんなに被害はなかったと言ってましたね。
2日目は10分も離れていないところの古谷公民館というところで昼食の炊き出しをしました。
ここは初日とちょっと違う所で、初日は避難所で寝泊まりしている人たちなんですが、ここは小高い場所にあって津波で家は流されていないんですよ。
でも電気、水道が使えないので生活が成り立たないんです。
ですからこの公民館に毎日配給のパンを取りに来るんです。
それで「ここで炊き出しをやります」という案内を出してくれたんですね。

安 田: カタカナで埼玉県の「ハトガヤ」って書いてありました。

ハト豆: ここでは何食作ったの?

田 部: 200食位です。この日は焼うどんだけでした。

安 田: こちらの人は昨日の避難所とはちょっと雰囲気が違っていて、和気あいあいというか、2日目なのでこちらもいつも通り元気に炊き出しをする事ができました。

田 部: 子どもたちもいっぱいいて、焼うどんが出来るまでの間、パンフレットを配ったりしたんですが、すごく読んでくれていて「復興して元気になったら食べに行くね」って言ってくれました。
「いつでも案内するからね」って言ったんですけど。
3・8通信にレッズのことが載ってたんですが、レッズが好きだと言う子もいましたね。

ソース焼きうどん

ハト豆: 焼うどんの評判は?

田 部: すごい評判は良かったです。
いつもの倍くらいの量を入れてるんですが、みんないっぱい食べてくれました。
チーズをたっぷりかけて、ウズラ卵も5個位入れたんですけどね。
B級大会の時はこれでやってるんです。

安 田: 去年の戸田でやったときからチーズをかけるようになったんです。
チーズが溶けて美味しいんですよ。

田 部: この時はお鍋を持って来た人もいました。
家で食べるんで、おじいちゃん、おばあちゃんの分を持って帰るんですよ。

安 田: 多い人で8人分、持って帰った人がいましたね。

ハト豆: 物資は足りているの?

安 田: 食材はいっぱいあるんですよ。
田 部: レトルト食品、パンなど腐らない食材はいっぱいあるんです。
物資に関しては本当に欲しいものは無いと言ってましたね。
敢えて欲しいものといえば、電気と水道と家だと言ってました。
温かい食事がなかなか取れないんです。
本当に避難所生活はたいへんだなあと思いました。
ぼくらだったら、とても我慢ができないと思いましたね。
これが田舎の良さなんですよね。
東北の人だから肩寄せ合って秩序乱れずやっていけるんだと思いました。
避難所も部落毎の集まりなんです。
その中にリーダーがいて、みんな家族同然に暮らしてきた人たちだからこそ、ここでもみんなが協力し合って、自分だけが負けるわけにはいかないと暗黙の了解ができてるんですよね。

安 田: だから耐えられるんでしょうね。
田舎の良さですよね。
炊き出しやってても話の内容が違いますもんね。
「田舎に泊まろう」って番組がありますけど、あんな感じですね。
帰るときにリーダーに挨拶したいからって言ったら、「挨拶しないでくれ。悲しくなっちゃうから」っていうんですよ。
たった1日だけなのに受け入れて貰ったのかなと思ったら嬉しくなっちゃって、こっちも泣いちゃって...。俺はダメだったなあ。

田 部: もっともっと何かしたいという思いにかられますよね。

古谷公民館炊出し

ハト豆:
帰りは何時頃になったの?

田 部: 気仙沼を経由して帰りましたので、夜中の12時頃でしたね。

ハト豆: 今回行ってみて感じたことは?

田 部: 東北の人たちの我慢強さというか、人の素晴らしさを改めて感じて、それが日本人の良さなんだなあと強く感じました。
2日間を通して、これで良かったのかどうか、自分が出来ることは何かを絶えず探してやっていこうかなと思いました。
自分が経験したことをより多くの人に伝えていくことが自分の役目なのかなとも思っています。

安 田: 鳩ケ谷ソース焼きうどんを立ち上げてから、いろんなことを経験させて貰っていて、今回の被災地の炊き出しに繋がってるんですよね。
焼うどんがなかったら、被災地に行ってなかったかもしれないんですよね。
サミットでも岩手町としっかり輪が取れていたからこそ、今回の炊き出し支
援が出来たのであって、人間関係の繋がり、絆の大事さを感じますね。
これからもソース焼うどんをしっかりやっていきたいと思っています。

森  : 現地の被災地の状況を目の当たりにしまして、改めて地域の絆の深さを思い知らされました。
もう60日以上もこのような状況にも拘わらず、悲しさや悔しさにに負けずに「悲しんでばかりはいられない、悔しんでばかりはいられない」という現地の人たちの声を聞いて、言葉では言い表されないんですけど強いなと思いました。
本当なら私どもが元気を与えなくてはいけない立場なんだけれども逆に勇気を与えられてしまったという感じです。
コミュニティがしっかりしてるんでしょうね。
これがもし今の鳩ケ谷で起きてしまったら、このように冷静でいられるかどうか、もしかしたら立ち行かなくなるのではないかと思ってしまいました。
個人的には鳩ケ谷ソース焼うどんは街おこしの道具に留まらず、被災地のみなさんに元気と勇気を与えられる道具になれればいいのかなと思っていたものですから、行って良かったです。

ハト豆: ご苦労さまでした。これからも頑張ってください。




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