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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月のインタビューは
被災者に住宅を提供した
■■『細井幸夫さん』です。



被災者のために何か役に立ちたい!
■■福島からの4家族21人を受け入れ


 東北を襲った大地震・大津波、福島第一原発の事故。
未曽有の大惨事となった東日本大地震で今も約14万人もの方々が避難生活を余儀なくされています。
鳩ケ谷にも親戚を頼って身を寄せる人、会社の寮に避難してきた人たちなど、たくさんの人たちが避難されて来ているそうです。
そんな中、テレビに映し出される被災者の様子に居ても立ってもいられず、
「私たちも何かしてあげたい!」といち早く動き出した人がいました。
坂下3丁目に住む細井幸夫さん(会社役員・64歳)は、経営するマンションの4部屋を無償で提供したのです。
いまマンションには福島からの被災者・4家族21人が、細井さんや地域の人たちの温かいサポートを受けながら暮らしています。
そこで、細井さんに被災者のみなさんの様子を伺いながらいま地域でできることは何かをインタビューしてみました。


ハト豆: 被災者の方は何人来てるんですか?

細 井: 福島から避難してきてる人たちなんですが、4所帯・21人です。
4部屋を提供したんですが、うちのマンションはそれぞれ広さが違ってて、いろんな家庭が住めるようになってるんです。
初めは、夫婦と高校生、中学生の4人家族で隣近所だった2組の家族に同じ部屋を2つ用意しました。
その次に一緒に避難していた4世代の8人家族、それから3世代の7人なんですが、その中には6月に赤ちゃんが生まれる妊婦さんもいるんです。

ハト豆: 被災者を受け入れようと思ったきっかけは?

細 井: テレビで避難している人たちを見ていて、私のところは子どもがいないものですから、ああいうところで子どもが可哀想なのは見てられないんですよ。
プライバシーがないのは住居だとは思えないですよね。
子どもがいれば臭いもするし、泣きもするし、周りの人もいてたいへんだろうなと思ったのがきっかけです。
たまたま埼玉アリーナに福島からの避難者がきたので、家内がボランティアで行ったときに「乳幼児のいる家庭を無償で受け入れます」という申し込みをしてきました。

ハト豆: マンションに空きがあったんですか?

細 井: そうなんです。
春先で出入りがあったので、取りあえず大きい部屋と小さい部屋を4部屋確保しておきました。
頭の中では20人くらいは受け入れようと思っていましたから。
子どもたちとお母さんだけで2組がシェアしてもいいし、とにかく乳幼児のいる家庭をいち早く何とかしたいと思ったんです。

ハト豆: すぐに申し込みがあったんですか?

細 井: それが来ないんです。
申し込みをしたはずなのに誰も電話がかかってこないんですよ。
「ちゃんと申し込みしてきたの?」って家内に言ってたんですが、一番最初に電話してきた人の話でわかったんですが、埼玉アリーナの方もちゃんと準備ができてなかったので、ただ私たちが「住居を提供します。家賃はタダですよ」と書いてきただけじゃダメだったんです。
「乳幼児のいる人」と書いたので、それに該当しない人は通り過ぎていっちゃうし、乳幼児のいる人はその紙を見る余裕もなかったんですね。
「これじゃいけないな」と反省しました。
もう一つは、みなさん、無料の所を何件か見に行ってるらしいんですよ。
ところが空家だったり、人が住んでいないようなヒドいところだったりして、「無料の所は酷い所だ」というイメージがみんなの中にあったようなんです。

ハト豆: 最初に電話をくれた人は?

細 井: 最初に電話をくれた人はペットを飼ってたんですよ。
うちのマンションはペット不可だったので、飼い主を探してあげたんですが、やっぱりペットと一緒に暮らしたいというので結局ダメになりました。
その時の話で色々なことがわかったので、今度電話があったときは、うちのマンションは他と比べて決して見劣りするわけではないので、まず建物を見せようと思いました。
それでその次に電話があった人は、スーパーアリーナに行って「取りあえず車に乗ってくれ」と言ってマンションに連れてきちゃいました。
それで「この建物のこの部屋ですよ」って見せて、それからはずっとスムーズに話がいくようになりました。
そこは高校生と中学生がいる家庭だったんですが、受け入れることにしました。
私たちとしては乳幼児のいる家庭をと思ってましたので、そのあと埼玉県の登呂の研修センターにも行って情報提供したんですが、そこではみなさんが一緒になって行動したいというのがあったし、県の職員も子どもはたくさんいるんだけど1部屋しかないので誰に声をかけていいかわからないというのがあったりして、なかなかうまくいかないんですね。
その後、埼玉テレビの人と話す機会があって、川口市の西スポーツセンターでも被災者を受け入れてて、住むところを探してるというので、そこにも連絡を取ってくれて受け入れの申し込みをしました。
川口は近かったので、自分たちで見に来てくれて、来た人はみんな喜んでくれました。

ハト豆: 受け入れするのもたいへんでしたね。

細 井: 来た人たちは、みんなすごく慎重なんです。
住宅を探すにあたっては、弁護士さんやいろんな人から情報を聞いてくるので、「契約書を取り交わすんですか」とか「住んだあとに何か壊したら保障しなくてはならないんですか」とか、先の不安がいっぱいあって、みんな半信半疑なんです。
私としてはそういうことは考えていないし、福島の人だから3ヶ月やそこらで帰れる状況にはないだろう、2年・3年あるいは長期になれば5年といったこともあるだろうなと思っているんです。
みなさんの自立のお手伝いができればそれでいいんです。
自分たちが仕事を探して出られるようになったら、またここに集団で避難している人が一人でも入れることができるような形を取った方がいいと思っています。
ここに住んだ人も自分たちが立ち直れたら、また次の人を入れてあげたいという気持ちを持ってくれたらいいですね。

ハト豆: 職を無くした人もいるんですね?

細 井: はい。
床屋さんをしていた人はすぐ帰れるだろうと思ってたから、ハサミも持ってきてないんですよ。
まあ技術があるので、ハローワークに行ったり、いろんなところにお願いしたりしているんですけどね。
農業をやってた人はそれも出来ないから、たいへんだと思いますよ。

ハト豆: いつごろ来たんですか?

細 井: 最初に来た人は3月末ですね。
子どもの中学・高校の入学などの手続きなども全部やってあげました。
たまたま私が市役所にいたこともあって、そういう知識があったということもあるんですが、鳩ケ谷市役所の職員も本当によくやってくれました。
来た人はみんな「鳩ケ谷に来て良かった」と思ってると思いますよ。

ハト豆: 受け入れはいつまで?

細 井: 基本的に「帰れるようになったらいつでも帰っていいですよ、帰れなければ2年でも3年でも」って言ってるんですよ。
みなさんは、もうここに来るまでに3箇所も4箇所も避難所を転々としてるんですからね。

ハト豆: 何も持たずに避難されてるんですよね?

細 井: そうです。
避難所を転々としてるので、ボランティアが洋服だとか下着を用意してくれたり、ふとんや毛布などは避難所などで貰えるので最低限必要なものはあるんですが、うちに来たときには電気製品や家具などいっさいないわけですから、そういうものを揃えたりしました。
まずテーブルや椅子を揃えて、洗濯機を用意したり、冷蔵庫がないから探そうとか、高校に行くのに自転車がないから知ってる人に「どっかに自転車がないかな」と言うと、みんなが自分のことのように喜んで探してきてくれてるんですよ。
高校の制服などもみんなボランティアで用意してくれました。
いつ帰れるか分からないし、知らないところで、すべてが不安だと思うんです。
私ができるのはそういった不安を少しでも取り除いてあげたり、サポートしてあげることかなと思ってるんですよ。

ハト豆: 今回のことで感じたことは?

細 井: 私が一番強く感じたことは、みんな村単位や町単位で出てきているので、行政は自分たちの町民を守ろうとするんですね。
だから町民以外の人も同じ避難所にいるのに、町民以外の人を差別するというか、差ができるんです。
埼玉アリーナに避難した双葉町の人はバスで来たんだけど、うちに来た人たちは同じ双葉郡でも隣町なのでバスには載せて貰えないんですね。
「避難してください」と言われて避難所を転々として気がついたら埼玉に来ていたわけです。
ちょうど中で小学校の卒業式があったんですが、双葉町の子は町で卒業式をやって貰えるのに、「あんたは違うんだから」とやって貰えない子がいる。
子どもにしてみれば、同じスーパーアリーナの中で、同じ小学生なのにと思うでしょう。
片っぽは中で卒業式をやってて、片っぽは外で泣いてるというのが現状なんです。
ただ、それによって双葉町の人はすべて一緒に行動しなくてはいけないんです。
そこにも妊婦の人がいたので声をかけたんですが、来ようと思ってもそこと別れると「後は知らないよ」という感じになるので、そこから出られないというのがあって、難しいんですよ。
うちに来た4人の人の両親は双葉町なんです。
4人で住むのも6人で住むのも同じなので両親に「一緒に住もう」と言ったら、「双葉町の人と来たから離れるわけにはいかない」と言って、いま騎西の方にいるんですよ。
この辺の難しさはありますね。

ハト豆: 子どもたちは元気に学校に行ってるんですか?

細 井: 仲良く行ってるみたいですよ。
中学生2人も小さい時から近所だったみたいだし、高校生は高1と高3で、それぞれテニスとサッカーをやってます。
小学生の子も元気に行ってるみたいです。

ハト豆: いま何か必要なものはありますか?

細 井: 本当に何にもない状態で来たので、私の方は取りあえず生活できるように、うちにあるものを持っていったり、いろんな人にお願いして、いろんなものを提供して貰ったりしました。それからテレビを全家庭に用意しました。
テレビがあれば子どもも大人も楽しめるし、いろんな情報も入ってきますからね。
でもまだ洗濯機や冷蔵庫や炊飯器などの電気製品は全家庭揃ってるわけではないので、そういうものがあるといいと思います。
いま大きいテーブルを探して貰っているところです。
8人家族だと普通のじゃ小さいですからね。
今回、私も気づいたんですが、みんな自分のそれぞれの想いの中で「こんなことをしてあげれば喜ぶんじゃないか」と思ってるんですね。
それはすごくいいことなんだけど、一歩すれ違うと本当に欲しいものが届かなくて、いらないものが山ほど届くいうこともあるんです。
善意の品なので相手側は断れないんですよ。
スーパーアリーナに夜9時過ぎ頃に迎えに行ったときに思ったんですが、入口のところで若いお兄さんたちがギターで音楽をやってるんですよ。
多分あの子たちは「僕たちが音楽でみんなを勇気づけたい」と思って一生懸命やってるんでしょうね。
でもすぐそばでは床で寝てる人たちがいるんです。
行った私が「うるせーな、こいつら」と思うくらいなんですが、みんなは何も言えないんだと思うんですよ。
難しいですよね。
私たちがやってることも、もしかしたら相手に重荷になってるんじゃないかと思いながら、いつも接しているんですよ。
うちにはもう1人、東北の人が来てるんです。
その人はたまたま単身赴任で3月20日頃に引っ越してくる予定だったんですが、「4月になりました」って連絡が入ったんです。
どうしたのかなって思っていたら、宮城県の石巻に会社があって、会社は流され、同僚も死んだ人がいたみたいなんです。
たまたまその人は仙台で会議があって仙台にいたので自分は助かったそうなんですが、東北自動車道が開通してやっと車1台で逃げてきたんです。
荷物は紙袋2つですよ。

ハト豆: その人も受け入れてるんですか?

細 井: いいえ。
その人は会社が契約しているので全然問題はないんです。
被災して物はないけど給料は貰えますからね。
だから来るなり、コジマに行って家電製品を買ったり、家具屋に行ったりしてみんな買い揃えてました。
今回、面白くする会さんから「鳩ケ谷寄席」のチケットを貰ったので、みんなすごく喜んでました。
落語なんて東北では観るチャンスは少ないし、この間は埼玉スタジアムのチケットを貰ったのでサッカーをやってる高校生にあげたんですが、J1の浦和レッズの試合なんて観たことないんですよ。
福島から出て来て、ここに来た事によって今まで経験しなかったことができるのは、落ち込んでいる中で、経験できたことがいっぱいあれば嬉しいだろうと思うんですよ。、

ハト豆:
今日はありがとうございました。何か協力できることがあったら言ってください。




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