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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月は、
動輪舎の
『矢作信夫さん』です。


■■少年時代の夢を追いかけて

■■■ライブスチーム〔蒸気機関車〕の世界へ


本物の石炭を焚いて蒸気を作り、人を乗せて走る小さな蒸気機関車。
そう、川口グリーンセンターや遊園地などで走る「ミニSL」です。
この蒸気機関車を「ライブスチーム」というのだそうですが、その小型蒸気機関車を趣味で作っている人たちがいるんです。
少年時代に大好きだった蒸気機関車への想いを、大人になった今も持ち続けて、本物そっくりな蒸気機関車を作り、夢とロマンを乗せて走るライブスチーム。
なんて素敵な趣味の世界なんでしょう!
中には、自宅の庭に線路を敷いてミニ鉄道を作ってしまった人や、地域の協力を得て鉄道公園を作り、蒸気機関車を走らせて、子どもたちに愛され続けているクラブもあります。
そんなライブスチームに魅せられたのが、坂下町に住む矢作信夫さん(63歳)。
自宅には、なんと『見沼鉄道』まであるんですよ。
煙を出しながら、本物の8分の1の大きさの蒸気機関車を運転する矢作さんは、まるで少年時代にタイムスリップしたみたい。
そして、大好きな趣味の世界は、それだけでは終わらずに、『動輪舎』という会社まで作ってしまったのです。
ライブスチームの部品を取り扱う会社は全国でも数少ないのですが、矢作さんは、ライブスチームに魅せられた人たちのために部品を安く提供して制作の手助けをしています。
「地元・鳩ヶ谷や川口でもライブスチームを普及させたい」という矢作さん。
そこでライブスチームの魅力などをインタビューしてみました。


ハト豆:

いつ頃から蒸気機関車に興味を持たれたんですか?



矢 作:

子どもの頃からだね。
中学生の頃は、鉄道模型を作るのが趣味だったんですよ。
最初は紙と木で作って、その内、真ちゅうで作るようになって、モーターをつけて電気で走らせたりしてました。
高校の頃まで続いたかな。
社会人になってからは、趣味も広範囲になってきて、鉄道模型の方はしばらく中断してたんですよ。

ハト豆:

どんな仕事をされていたんですか?

矢 作:

普通のサラリーマンです。
家業は、落雁だとか、祝い用の引き出物の和菓子の菓子型の彫刻屋だったんですよ。
でも、私が高校を卒業する頃には和菓子が衰退して、オーダーがどんどん減ってきたので、私は跡を継がなかったんです。
ところが10年ぐらいしたら、和菓子の型だけでなく、鋳物の型も作るようになって忙しくなってきたので、仕事をやめて家業の彫刻を手伝うことになりました。
28歳の時くらいかな。
橋の欄干に「○○橋」とかあるでしょ、そういうのを木型で作るんですよ。
今もその仕事が本業なんですが、「動輪舎」は趣味の延長で作っちゃったんです(笑)。

ハト豆:

いつ頃ですか?

矢 作:

この会社を作ったのは、今から13年位前。
それも作ろうとして作ったんじゃないんです。
本業をやりながら、趣味で鉄道模型を作ってたんですよ。
私は鉄道模型の中でも蒸気機関車が好きだったんですが、突き詰めていくと、この大きい蒸気機関車に乗って走らせるというのが究極の楽しみなんです。
ところが、費用はかかるは、場所はかかるは、技術はないは、知識はないでしょ。
それでやりたくてもなかなかできなかったんです。
ところがあるきっかけでできるようになったんですよ。

ハト豆:

あるきっかけとは?

矢 作:

東京の工業高校が一般の人に機械を開放して、『SL教室』を募集したんです。
機械の使い方から、機関車の部品の作り方からを教えてくれて、それをマスターすれば機関車が作れるというので、応募したら受かったんですよ。

ハト豆:

いくつの時ですか?

矢 作:

それが、今から20年以上前だから、40歳をちょっと過ぎた頃かな。それで一気に実現性が出てきたんです。
毎週のように、夜、学校に通いました。渋谷の先だったかな。3時間くらいやるんですよ。

ハト豆:

どの位通ったんですか?

矢 作:

6、7年行きましたね。
学校にはいろんな人が集まってくるんです。
職種もバラバラだし、年齢もいろいろなんですが、その中にクラブを作ってきた人がいたんです。
その人たちに「1人じゃ何もできない、一緒に仲間で楽しみながらやっていこう」と誘われて、すぐクラブに入ったんです。
それが千葉県の行徳駅前にある「市川蒸気鉄道クラブ」です。
毎月、第2日曜日に仲間が集まって機関車を運転するんです。
駅前の公園には線路が敷いてあるので、市民が集まれば無料で乗せてくれるんですよ。



ハト豆:

公園でやってるんですか?

矢 作:

そうです。
市川市の公園を借りて、周辺住民の支持と市の協力の下で月に1度の運転会や、レイアウトの建設、保守整備などをやっています。
子供の頃の汽車に寄せる想いをそのままに持ち続けて、大きくなった大人たちの集まりです。
線路とかはクラブで全部作ったんですよ。
機関車を走らせて、自分たちも楽しみ、子どもたちにも楽しんでもらおうというのを今も続けています。
設立からもう30年位経つかな。
子どもの時に乗った人が、今度は自分の子どもを連れてやってきます。
ここに来れば10数台の機関車が見られますよ。

ハト豆:

動輪舎のいきさつは?

矢 作:

そのクラブに機械加工の製作所の人が入会したんですよ。
その人が、汽車を作って売りたいって言ってきたんですが、みんなは反対したんです。
「この業界は利益にもならないし、たいへんだよ」って。
でも「どうしてもやりたい」と言うので、「じゃあ、川口には鋳物があるし、機械加工と木型があるから手伝ってやるよ」ってことになったんです。
まあ、最初は手伝いのつもりだったんですが、結局作っても売れない機関車が出来てくるんですよ。僕なんかは鉄道模型をずっとやってきたから、「マニアの声を聞いた機関車作りをしよう」ということになって、それでこの会社を作ったんですよ。

ハト豆:

機関車は高いんでしょ?

矢 作:

買えば高いんだよね。
蒸気機関車1台のセットを一度に買うと300万円位します。
完成品を買うとその1.5倍はするでしょうね。
僕なんかは基本的には自分で作るんだけど、普通の人では機械工作が出来ないとなかなか難しいでしょ。
それに日本の家屋事情では無理だしね。
それで、難しい機械加工部品は100%加工済にして、各ブロック単位でキット販売してるんですよ。
それで、製作の進み方に併せて必要な部品を少しづつ買い揃えて貰ったり、予算のあるときに部品を買ってもらっています。
1台作るのには3年、5年とかかるので、趣味でやって行くにはちょうどいいんですよ。
ボール盤と一般的な工具があれば、誰でも完成させられます。



ハト豆:

部品も矢作さんが作ってるんですか?

矢 作:

本社は池袋にあるんですよ。
そこで作ってます。
パートナーと2人でやってるんですが、そこで設計、製造をしています。
私はもっぱら宣伝、販売を担当しています。

ハト豆:

自分で作った機関車はあるんですか?

矢 作:

それがあんまり言いたくはないんだけど、自分のはまだ完成したものはないんですよ(笑)。
クラブに入っていろいろやってきたので、線路を作ったり、部品を直したりするのに時間を全部取られちゃって・・。
それに、会社をやるようになったら、作る暇がないんだよね。
その代わり、製品として残っていけばいいと思ってるんですよ。
裏には工場もあるし、線路もあるんですけどね。
この機関車は新日鉄型八幡機関車っていうんですが、サンプル用です。
うちの鉄道名は『見沼鉄道』って言うんですよ。
名前は中学生の時に付けたんですけど、線路は20年前位に作ったものです。



ハト豆:

鳩ヶ谷周辺で機関車を見れるところはないんですか?

矢 作:

全然ないね。
鳩ヶ谷は場所がないし、誰でも簡単に出来るというわけではないんですよ。
子どもがいたずらして怪我をしてもたいへんだしね。
以前は三ツ和公園でやることも考えたことがあったんだけどね。

ハト豆:

三ツ和公園に蒸気機関車が走るなんて素敵ですね。

矢 作:

市川市のパターンでやれば、やれないことはないけど、それには市民の協力と仲間がいないと難しいんですよ。

ハト豆:

今までに鳩ヶ谷で機関車を走らせたことはあるんですか?

矢 作:

15年位前に坂下町の商店会まつりのときにやったかな。
商工祭でもやったことはあるけど、乗りものとして楽しむだけになってしまうんだよね。
本当はもう少し文化的に、僕なんかは作る楽しみをもっと知って貰って普及させたいんだけどね。

ハト豆:

仕事は楽しいですか?

矢 作:

楽しいですよ。
好きなことだから飽きないね。儲からないけどね(笑)。
東京のビックサイトで毎年、「国際鉄道模型ショー」の見本市があるんだけど、それにも出品してます。
趣味とか文化の世界は癒されるというかホッとする時間。
日本人は働くばかりでとことん楽しむということがあまり得意じゃないよね。
文化的には豊かじゃないんだよ。
定年後の人たちには、現役でやれなかったことをぜひ実現させて欲しいね。
平等なのは時間の使い方はなんだよ。僕は何があっても悔いがないね。



ハト豆:

今度、是非、鳩ヶ谷でも蒸気機関車を走らせてくださいね。

矢 作:

機会があったらね。
でも今は、親の介護もあって難しいんだよ(笑)。

ハト豆:

ありがとうございました。


動 輪 舎




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