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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月の話題の人は

川口在住の漫画家
『田代しんたろう』さんです。


■■■もう見ました?見て、歩いて、楽しいガイドブック
■■■■■■■■イラストマンガ満載の「我がまち川口・再発見」


 川口市は今年1月、イラスト漫画がいっぱい入った楽しいガイドブック、「我がまち川口・再発見−天気の良い日は川口散歩」(300円)を刊行しました。
このガイドブックの制作を手がけたのは川口に住む漫画家・田代しんたろうさん(59歳)。田代さんは地方分権や行政関係のほのぼのファミリー漫画を数多く描いている人なんです。
地元の商店会から依頼されたイラストマップを制作するうちに安行など川口の自然や町並みに魅力を感じるようになったといいます。残念ながらこの本には紹介されていませんが、鳩ヶ谷の諏訪山歩道橋から見る風景も田代さんが大好きなスポット!
そこでイラストレーター、大学の客員教授と幅広い活躍をされている田代しんたろうさんの素顔に迫りながら、チャリンコで川口歩きをしながらこの本を完成させた田代さんの熱い思いを聞いてみました。


ハト豆:

ガイドブックを制作するきっかけは?

田 代:

以前に地元の商店会から頼まれてイラストマップを3作ほど作ったですが、その時に次は「安行だな」と思っていたんですね。3年くらい前なんですけど、いろんなところをポイントチェックしてデーターベースを作り自分なりのメモを残しておいておこうと思ったんです。その時協力して貰ったのが、マイシティ・じゃーなるの編集者だった田中久子さんだったんですね。でも実際に自費で本を出してもなかなか売れないですから、「どういう形がいいのかな」とぼんやり考えてたんです。市の広報課の職員にも「市で作ることはできないかな」なんて話をしていたら、ちょうど広報で『我がまち川口・再発見』というキャンペーンをやっていて、その事業の一環として市内散歩の本を出すという企画を取り上げてくれたんですよ。僕はこの本は川口に転入してきた人への配布物になるのかなと思っていたんですが、岡村市長が「これは売った方がいいよ」と言ったみたいで(笑)、川口・鳩ヶ谷の書店で300円で販売されています。

ハト豆:

売れ行きはどうですか?

田 代:

1万部はほぼ無くなったんじゃないかな。少し手直しをしたりしていま3刷り目なんですが、5万部まで作る予定らしいです。

ハト豆:

可愛いキャラクターですね。

田 代:

新住民で、マンション住まいで、ちっちゃい子どもがいて・・、川口に住みだした人を想定して描きました。

ハト豆:

川口に住まれて何年ですか?

田 代:

28歳から住んで31年になります。

ハト豆:

川口のイラストマップを作りたいと思ったのは?

田 代:

2000年だったかな。安行に行って驚いたんです。鳩ヶ谷の郷土資料館に行ってから、見沼のサイクリングロードをチリリンとチャリンコで安行まで行って、「こんな素晴らしいところがある」って思ったのが、川口いじりをしたくなった最初ですね。アメリカで開催されたワールドカップを見に行った時に如何にもニューヨークというか、機械文明の街みたいなところがすごいなあって思いながら帰ってきて、何気なくマンションの窓を見てたら、「川口の街も結構いいじゃん」と思ったんです。それから年賀状に川口スケッチを描き始めて、その後、商店会のマップを作ったり、新聞やフリーペーパーに駅前や町の風景のスケッチを描くようになりました。その頃は紙媒体もネットも揃っているときだったので、自分なりに川口を勉強させて貰って、マップのメイキング展を開きました。その時に川口で頑張っている人たちとのネットワークができて、アートのポータルサイト『eぎゃらりー川口』もこの時にできたんです。今回のガイドブックも文章は田中久子さん、写真は石原康男さん、デザインは田辺桂さんとこの仲間たちが協力してくれました。

ハト豆:

このイラストマップに鳩ヶ谷が抜けているのは残念ですね。

田 代:

ホント異常だよね。鳩ヶ谷も入れられれば良かったんだけど・・。僕が本を企画したときには当然、鳩ヶ谷は入っていたんですよ。合併が実現したときにはぜひ空白の部分を埋めて改訂版を出したいですね。鳩ヶ谷郷土資料館は資料の蓄積とかも素晴らしいですから、先行き一緒になったときに一つにまとめられたらいいものが出来ると期待してます。

ハト豆:

田代さんのプロフィールを教えてください。

田 代:

生まれは東京大田区ですが、2歳から10歳までは大阪の千里山で育ってます。そこが僕の心の故郷です。初恋の人もここの幼稚園でした。
(ここだけの話、3年ぐらい前に再会したそうですよ!もちろん奥さんもご存知だそうです)ですから、僕は気持ち関西人なんです。小さい時から漫画は描いてたんですが、再び描くようになったのは高校1年位のときかな。東京新聞に投稿した『震源地』という一コマ漫画が載ったんですよ。
その頃は「面白いアイデアでしょ」って女の子にモテたい一心で描いてましたけどね。(笑)そのあと高校在学中に「ガロ」に応募した『宇宙の出来事』が入選したんです。その頃、一瞬天才だったんですよ。(笑)教員になりたかったんですが、受験に失敗して早稲田の政経学部に入り漫画研究会に入ったんです。この時点で「俺の人生、まともな道はないな」って思って漫画の道に行ったんですよ。(笑)田代タメカンというペンネームで学習漫画を描いたり、プロレス漫画を描いたりしてました。一度漫画をやめて長野で民芸をやってた時期もあるんですが、38歳の時に家庭もので漫画を描いてみないかと声をかけてくれる人がいて、そこから『田代しんたろう』が生まれたんです。しんたろうになってからは「地方分権アニメ」や「行政関連冊子」「ファミリー4コマ」など、ちょっと分かりにくいものを漫画で分かりやすく描くという仕事をしてきました。現在は別府大学の芸術文化学科の客員教授をやったり、中央美術学園の講師もしています。別府はとてもいいところで、鉄輪温泉があって自炊できる貸間があるんですよ。学生にはここを取材をさせたりしてルポ漫画を描かせたりしています。今後は漫画の技術だけじゃなくて企画力とか構成力とか、学生たちが将来、漫画家にならなくても他のことができる人間に育てたいなと思ってるんですよ。



ハト豆:

奥さんとの出会いは?

田 代:

大学の先輩です。僕は1年浪人してますから同い年ですが、同じ漫画研究会にいました。彼女は似顔絵を描いてまして、絵は彼女の方が上手くて、僕は漫画的なアイデアが出る方なので補いあって単行本を作ったりとかしましたね。結婚したのは24歳のときです。娘が3人います。

ハト豆:

「日韓ユーモア漫画家年賀状展」も毎年、開催されているんですね。

田 代:

今回で11回目なんです。ワールドカップの日韓共催というのがありましたよね。その時に僕はこんな世界的な文化的な行事が一緒にできるなんて素晴らしいと思って大賛成だったんです。だからそれを喜んでいる日本人もいるんだよということをアピールするためにソウルに行って、漫画家とサッカー親善試合をしてきたんです。そのときに韓国の漫画家とコネクションが出来て、この年賀状展に繋がってるんです。スポーツと漫画は言葉がなくても通じるところありますからね。

ハト豆:

素晴らしい活動ですね。

田 代:

うちの奥さんからは「あなたは本当に次から次へとお金にならない仕事を見つけてくるのが得意なんだから・・」と言われてますよ。(笑)
今度3月12日からこの本のメイキング・写真展を燦ギャラリーで行いますのでぜひ見にきてください。

ハト豆:

ありがとうございました。今後の活躍を期待してます。

田代しんたろうのホームページ




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