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ハト豆ねっと


にのって見沼をゆく



 サイクリングで富士山に登ろう、といっても日本一高いあの富士山ではない。川口市東内野にある木曽呂の富士山、正確には木曽呂の富士塚のことである。江戸時代(1800年)老若男女だれでもいつでも気軽に富士登山ができるようにと築かれた。高さ5,4m 直径20m、頂上ではお鉢めぐりもできるようになっている。かつては胎内めぐりもできるようになっていた。木曽呂富士は、鳩ヶ谷から見沼代用水沿いをちょっと走ればいくことができる。近くに通船掘もあり史跡めぐりにもなる。きょうはこの見沼代用水沿いのサイクリングをご案内しよう。

 鳩ヶ谷は北の方が台地、中南部が低地になっている。その台地の縁(へり)を流れているのが、見沼代用水東べりである。木曽呂の富士山は、見沼代用水の上流にあるので、見沼代用水縁(へり)に出ればスタートはどこからでもよい。きょうは鳩中南の稲荷橋から走り始めてみよう。ここからだと片道およそ7キロである。赤い欄干のきれいな橋で、桜の咲く時季には、俳句の短冊などが飾られて風雅だ。上流へ向かおう。

 用水べりにはこのような案内標識があちこちに出ているので道に迷うことはない。ただ、ここはあくまで遊歩道で歩行者も多く自転車はゆっくり気をつけて走ろう。交通量の多い道路を横断することもあるので信号を守り、十分注意して走ることが大切だ。
 吹上橋、的場橋、北谷橋などの道路を横断し国道122号のガードをくぐると里小の北側に出る。通学時には子どもたちの通学路にもなっているのでいっそう気をつけよう。用水の反対側(左岸)を走ることもできる。さらに里中、川高の近くを抜けると、市内最西・川口市境の橋、浦寺橋に出る。右手前方には、グリーンセンターの大温室の屋根が見えてくる。

 用水べりには「緑のヘルシーロード終点」の碑が建ってる。何で終点かって? これは見沼代用水東べりサイクリングロードの終点の意味で、起点は代用水が遠く利根川の取水堰から水を取り入れ、始まるところが起点である。ここまで、全長54キロの長大なサイクリングロードである。
 きょうはここから5キロ先の木曽呂の富士山や通船掘までしかご案内できないが、その先にも川口自然公園、さいたま市の大崎公園、さぎやま記念公園など見所も多い。

 緑のヘルシーロードには、 右図のような案内板や路面にも案内が出ていて全線舗装されている。用水側にはすべてフェンスもあるので道路を横断するときさえ注意すれば安全である。
 見沼田んぼは江戸時代8代将軍吉宗の頃、伊澤弥惣兵衛為永によって開かれ、そこで使用される水を引くために利根川から用水路を作った。それが見沼代用水で長さ60キロ、途中から東べりと西べりとに分かれ見沼の東西をはさむように流れている。東べりの末端は鳩ヶ谷市から川口市、さらに東京都足立区まで達している。

 グリーンセンター通りと続いて第2産業道路を横断すると、用水は大曲がりとなって迂回する。
 間もなくきれいな立像が用水べりにあるのに気づく。「母と子が慈しみ語らう 見沼のほとり」とあり、川口市の市制50周年を記念して建てられたものだ。この付近はふれあい歩道として整備されていて、ベンチやテーブルなどが用意されており、いつも何人かの方が集まり語り合っている。

 またスタート。間もなく日蓮宗のお寺、妙蔵寺の山門のところに出る。台地の上にある静かなお寺である。代用水にかかっているのが妙蔵寺橋。そこに駐輪場も用意されているので自転車を置いてちょっと休んでいこう。保存樹のいちょうもあり、この一帯は野鳥の森に指定されている。しばらく野鳥の声に耳を傾けたらまたスタートである。
用水沿いをしばらく走ると、また第2産業道路を横断すると前方に外環が見えてくる。その手前左にあるのが川口市の放山子ども広場である。ここには公衆トイレや水のみ場も用意されているのでちょっと一休みだ。

 見沼代用水は外環の下をトンネルで越すので自転車は通れない。手前に案内板があるのでそれに従い外環のガードをくぐろう。すると、また代用水べりに出ることができる。すぐ近くの路面には「緑のヘルシーロード 川口市道合 →川口市グリーンセンターへ3キロ ←行田市利根大堰へ51キロ」と案内が出ている。
 桜並木の道路を横断する。右手は神根たたら荘。少し先の右手は木曾呂の自然林。うっそうとした緑に包まれている。この付近は見沼の原風景が色濃く残されているところで貴重である。その時季には、桜とみどりのコントラストが素敵だ。
 左手一帯は、広々としているが、かつて見沼だったところで、用途指定の関係で、ほとんどがスポーツセンター、幼小中高校、大学や病院などの公共建造物しか建っていない。

 1キロほど進むと分離帯のある広い道路に出る。ここは坂道を少し登って、信号を渡ることが大切だ。歩行者用の信号もある。信号を渡ったらまた左に折れて用水に向かおう。用水の手前、右手にそば屋の大きな看板が建っている。その道を看板にそって曲がると、もうその先左手が木曾呂の富士山で国指定の有形民俗文化財である。
 江戸時代に築かれたいわゆる富士塚。高さ5,4m、直径20mほどある。頂上に直径2,5m深さ1mの火口が円形に掘られ、お鉢めぐりができるようになっている。また塚のうちを貫いて胎内めぐりもできるようになっていた。富士信仰が盛んだった江戸時代、富士山までいけない人はここに登ってお参りしたのである。
 先日、皇太子がここを見学にこられた。そのときの記念樹も植えられている。

 富士山を下山したら、またもとの道を用水に向かって戻ろう。用水の角が稲荷社。ここの前の道路が、かつてのいわゆる八丁堤だ。そのすぐ近くがいわゆる通船掘。付近は歴史の道として整備されている。この付近も大きな桜がいっぱい。通船掘は、1731年伊沢弥惣兵衛為永によって開通した運河。わが国最古の閘門式運河で国指定史跡になっている。芝川と東西見沼代用水とを結ぶ運河で高低差がそれぞれ3mもあるため、途中2ヶ所ずつ閘門を設け水位の調節をして船を通した。ここには休憩所やトイレ、水のみ場、説明の模型などあってお休みどころだ。ここでゆっくりしていこう。

 これから先は歴史の道、いろいろ閘門などの復元されたものやその説明の掲示などもあるので、できればゆっくり歩いていきたいものだ。東べり用水から通船掘にそって西べり方面へ向かおう。

 やがて、通船掘は芝川と交差する。そこに建てられているのが、この水神社。通船掘開通の翌年(1737年)、河川運送に働く人たちの安全を祈って創建された。関東大震災のときに壊れたが翌年再建された。
 また、橋を渡ってすぐ近くにあるのが、文化財に指定されている鈴木家住宅。鈴木家は、伊沢弥惣兵衛為永に従って見沼の干拓事業に参加した。そして、後に見沼通船差配役に任ぜられた。土・日曜(10時?4時)には当時使用されていたひらた船の模型や用具などが公開されている。ガイドしてくださる方もいるのでゆっくりお話を聞いてみたいものだ。

 西べりとの交差点には通船掘公園があり、周りには竹林もあってお休みどころだ。あずまやもあり簡易トイレも用意されている。そして、いつもたくさんの人で賑わっている。お弁当を食べるには最適だ。4月初めのころは、赤いボケや黄色の菜の花、桜と緑の竹林、5月は新緑がいっぱいで、なんともいえない美しさだ。

 この通船掘付近や見沼代用水東べり西べりは、数十キロも続く桜の名所である。5月は葉桜が素晴らしい。今回はここまでしかご案内できないが、余力のある方は西べりをもう少しがんばってみよう。さいたま市三室にある見沼氷川公園、通称かかし公園までいける。「山田の中の一本足のかかし・・・」童謡の作られた場所で、大きなかかし像も見ることができる。

 通船掘からの帰りは、もと来た東べりを戻ってもいいし、芝川サイクリングロードを戻ってもいいだろう。「芝川 八丁堤」の標識が建てられているので、そこを下ろう。サイクリングロードは土手の上に作られており、左右にはフェンス、道路は下をくぐったり上を跨道橋でまたいだり、子どもたちは大喜びだ。ここはサイクリングロードだけれど、ウォーキングやランニングの人も多いので注意して走ることが大切だ。
 芝川サイクリングロードは、ここ八丁橋から荒川との交差点足立区都市農業公園まで整備されている。その先、荒川の下流は葛西臨海公園、上流は武蔵丘陵森林公園まで行くことができる。いつの日かそれらをご案内することもできるだろう。
 サイクリングは ただ健康によいだけでなく、環境にやさしく経済的でよいとこづくめ、ぜひ安全で楽しく走ってきてほしい。


鳩ヶ谷パソコン研究会 駒崎高造


参考サイト:おしゃべりランチ 日本料理 ふじ(木曾呂の富士塚傍)




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