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ハト豆ねっと


鳩ヶ谷の



 平成のお雛さまは大変良くできていて美しいもので、可愛い孫がその前に座ってニッコリ笑う写真などは、身内にして見ればお雛さまより孫の方が可愛いものである。

 むかしの鳩ヶ谷では月遅れの4月3日にひな祭りが行なわれていたが、第二次世界大戦後ごろから3月3日に替わっていった。と言われていて、初節句を迎える子があると、お母さんの実家や親戚からきれいなお内裏雛さまが贈られ、下段に飾るものは近所の人がお祝いとして持ってきたもんだ、そうだ。

 通常の飾りつけは2月の月末の吉日にお雛さまを出し、奥座敷に南向きか東向きに飾る。

 飾りつけの早い家は半月くらい前からで、「早く出さないとお雛さまが泣いているよ」と言って、早く出すようにしていた。そうだ。


 3日の当日の朝早くから、草もちや紅白の餅をついて供える家や、白、青、白と三枚重ねた菱餅の大きいもの二組と小さいもの二組を供え、三つ葉と餅をいれた雑煮をつくって祝ったそうだ。

 親戚や近所の人を招いて盛大にやるのは長女の初節句で、次女、三女の時には長女の時ほど派手ではないお祝いだったそうだ。前田あたりでは、近所のお祝い返しは、前日に搗いた菱餅で、呼べなかった人には菱餅や桜餅に生臭(なまぐさ・魚)をつけてお礼に行った。

 4日は次節句と言って飾っておき、遅くで7日ごろにはしまったと言う。お雛さまは節句が終わったら早くしまわないと、「娘がお嫁に行くのが遅くなる」と嫌って早くしまう家が多かった、そうだ。これは古い流し雛の風習の名残りからそのように言ったと伝わる。

 前田の旧家では、お雛さまをしまう日には葱の酢味噌を作ると言う故事があり、嫁さんが実家に帰って泊まることが許される日とも言われた、そうだ。




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